道具存在

グレアム・ハーマン 著

Tool-Being: Heidegger and the Metaphysics of Objects(2002年)

この本について

原典名:Tool-Being: Heidegger and the Metaphysics of Objects(英語)

著者:グレアム・ハーマン(Graham Harman、1968–)

初版発行:2002年

本ページの概説は、一般的な知見にもとづいて記載したものです。『道具存在』自体の翻訳・全文の掲載ではありません。逐一の出典確認・査読を経たものではないため、本文の理解を助ける参考としてお使いいただき、原典の言葉に直接あたりたい方は、刊行されている原典書籍をご参照ください。

概説

『道具存在』以前の哲学

ハイデガーの道具分析は、長らく「人間が道具とどう関わるか」という、実践的・文脈的な関わり方の記述として読まれてきた。物は、それを使う人間にとっての意味や有用性との関係においてのみ問題にされ、人間との関わりを離れた物それ自体の実在は、哲学の主題として正面から扱われることが少なかった。物は常に「誰かにとっての物」「何かとの関係における物」として語られる、という前提が広く共有されていた。

『道具存在』の哲学の革新

ハーマンは、ハイデガーの道具分析を読み直し、まったく異なる結論を引き出す。道具が使用中に意識から退いて「透明」になるという現象は、人間の実践的な関わり方の話にとどまらない。あらゆる物は、それがどんな関係に入ろうとも、その関係には決して汲み尽くされない余剰を持ち、関係から「引きこもって」いる。これは人間と物の関係に限らず、物と物の関係(火が綿を燃やすときなど)にも等しく当てはまる。ここから、人間・自然物・人工物・虚構の登場人物までを、等しく実在する「物」として扱う「平坦な存在論」が導かれる。

『道具存在』以後の哲学

本書は、カンタン・メイヤスー、レヴィ・ブライアントらとともに、「思弁的実在論」「オブジェクト指向存在論(OOO)」と呼ばれる潮流の出発点の一つとなった。哲学の枠を超え、建築(ハーマン自身が建築大学で教えていることもあり)、メディア論、芸術理論、生態学的思考(ティモシー・モートンの「ハイパーオブジェクト」概念など)にも影響を広げている。21世紀の大陸系形而上学において、最も活発に議論されている潮流の一つである。

知の地図シリーズ / 古典書房

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