トマス・アクィナス
Thomas Aquinas略歴
南イタリアの貴族の家に生まれる。幼少期にモンテ・カッシーノのベネディクト会修道院に入れられ、初等教育を受けた。14歳頃ナポリ大学に進み、アリストテレス哲学と出会う。1244年頃、家族の反対を押し切ってドミニコ会に入会した。
パリ大学とケルンで当代最大のスコラ学者アルベルトゥス・マグヌスのもとで学んだ。1252年以降パリ大学で教鞭をとり、神学の教授資格を取得。その後パリとイタリアを往復しながら膨大な著作を残した。1274年、リヨン公会議へ向かう途上で没した。1323年に列聖、後に「天使的博士」と称された。
主要著作
- 1252年頃『存在するものと本質について』
- 1259年頃『対異教徒大全』
- 1265年頃『神学大全』(未完)
- 1269年頃アリストテレス諸著作の注解(『形而上学注解』など)
『存在するものと本質について』について
トマスが20代の若い時期に著した短い論考で、存在するもの・本質・実体・付帯性といったスコラ哲学の基本概念を簡潔に整理した入門的な著作である。ラテン語で書かれ、アリストテレスとアヴィケンナの思想を踏まえつつ、独自のキリスト教的存在論を展開している。
中心となるのは「本質(essentia)」と「存在(esse)」との区別である。物が何であるか(本質)を知解しても、それが現実にあるかどうか(存在)はなお分からない。物は本質によってしかじかのものとして成り立つが、みずから存在を引き起こすことはできず、神から存在を受け取ることによって現実にある。本質がそのまま存在であるのは神だけである。
この書に沿って「物」を定義するとすれば
トマスにおいて、物が存在するためには、その本質とは別に存在が与えられなければならない。人間とは何かを知解することと、人間が現実にあるかどうかとは、別のことがらである。本質だけでは物は存在しない。
定義文
『物とは、それによって・それのうちで存在を持つところの本質によって、十の類のいずれかのうちにしかじかのものとして成り立ちながら、みずからその存在を引き起こすことができず、その本質とは別に、神から一方的かつ継続的に受け取る存在によってのみ、現実にあるものである。ただし、本質がそのままその存在である神だけは、この限りではない。』
物は、知性体や魂のような単純なものにおいてはそのもの自身の形相によって、石や人間のような複合的なものにおいては質料と形相の複合によって、しかじかのものとして成り立つ。この中身が「本質」であり、物はこの本質によって、実体・量・質など十の類のいずれかのうちに位置づけられる。
しかし物は、みずからの本質によって、みずからを現実にあらしめることはできない。もしそうであれば、物は自分自身の原因になってしまう。物を現実にあらしめる「存在」は本質とは別のものであり、他のものから受け取られなければならない。他のものによってあるものは、それ自体によってあるものへと行き着くから、あらゆる物の存在の原因である「神」がなければならない。物はこの存在を一度受け取ってそれきりになるのではなく、現実にあり続けるかぎり、そのつど、神から一方的に受け取り続ける。本質がそのままその存在である神だけが、この区別を免れる。