ベルクソン

Henri Bergson

1859年10月18日 — 1941年1月4日
フランス・パリ生まれ

略歴

パリのユダヤ系の家庭に生まれる。父はポーランド出身の音楽家、母はイギリス系であった。リセ・コンドルセで学び、数学にも文学にも秀でた。1878年にエコール・ノルマル・シュペリウール(高等師範学校)に入学し哲学を専攻。卒業後はアンジェやクレルモン=フェランのリセで哲学教師を務めた。

1896年にパリのリセ・アンリ=カトルの教師となり、1897年以降エコール・ノルマルで教えた。1900年にコレージュ・ド・フランスの哲学教授となり、その講義は一般聴衆を集める知的イベントとなった。1907年の『創造的進化』でノーベル文学賞(1927年)を受賞。晩年は国際連盟の文化委員会委員長を務め、第二次世界大戦中のナチス占領下のパリで没した。

主要著作

『創造的進化』について

ベルクソン48歳のときに刊行された主著の一つ。生命の進化を「エラン・ヴィタール(生命の飛躍)」という概念で捉え直すことを試みる。ダーウィンの進化論を受けながら、機械論的・目的論的説明のいずれも生命の創造的本質を捉えられないと論じる。

本書の核心にあるのは、知性と直観の対立である。知性は実用的な必要から生まれた認識能力であり、運動する実在を固定した断片として捉える。物体という概念は、この知性の働きによって、絶えず流れる実在に瞬間的な切断を入れてとられた見方にすぎない。真の実在は「持続」であり、それは知性ではなく直観によってのみ捉えられる。

この書に沿って「物」を定義するとすれば

ベルクソンにおいて、物とは実在そのものではなく、知性が生成についてとった見方である。物はなく、あるのは行為だけであり、その行為には、解けていく行為とできていく行為がある。

定義文

『物とは、分けられない生成の流れに、行為する知性が瞬間的な切断を入れてとった安定した見方であり、実在するのは物ではなく、解けていく行為とできていく行為である。』

実在は、分けられない生成の流れである。コップの水に入れた砂糖は、形を失って溶けていき、私はその終わりを待たなければならない。これが解けていく行為である。画家がカンバスに何が現れるかを前もって言い当てられないように、生命が切り取る予見できない形は、できていく行為を表している。知性は、行為するために、この流れに瞬間的な切断を入れ、物と状態を固定して見る。映画のフィルムが動きを瞬間の像の連続から再構成するように、われわれの通常の認識は映画的な機構でできている。物とは、この切断によってとられた見方であり、物そのものがあるのではない。

生没年・略歴は一般的な資料に基づく。

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