ヘーゲル
Georg Wilhelm Friedrich Hegel略歴
シュトゥットガルトの役人の家に生まれる。ラテン語学校で優秀な成績を収め、1788年にテュービンゲン神学校に進む。シェリングやヘルダーリンと同室となり、フランス革命の衝撃を共に受けた。神学の学位を取得したが、牧師にはならなかった。
1801年にイェーナ大学の私講師となり、ナポレオンのイェーナ入城(1806年)の前夜に『精神現象学』を完成させた。その後バンベルクで新聞編集者として、ニュルンベルクでギムナジウム(高校)の校長として過ごした後、1816年にハイデルベルク大学教授、1818年にベルリン大学教授となり、生涯をそこで終えた。
主要著作
- 1807年『精神現象学』
- 1812年『大論理学』(全3巻、1816年完結)
- 1817年『哲学的諸学のエンチュクロペディー』
- 1821年『法の哲学』
『大論理学』について
ヘーゲルの論理学の主著で、有論・本質論・概念論の三つの部分(全3巻)から成る。思考の規定そのものを、有から始めて、本質を経て、概念と理念へと、一つずつ展開していく書である。
「有」という最も空虚な規定から出発し、その否定である「無」、両者の統一である「成」へと進む運動が、全体を貫いている。「物」は本質論のなかで扱われる。物は、根拠と条件の媒介が消えて実存のうちへ歩み出たものとして、まず一つの自立した統一として現れる。しかし物は、物自体と諸性質へ、さらに自立した素材(質料)の寄せ集めへとほどけてゆき、その矛盾によって現象へと移る。
この書に沿って「物」を定義するとすれば
ヘーゲルにおいて、物は論の到達点として置かれているのではない。物は、本質論の「実存」の章で、根拠から出現した実存がとる形として現れ、同じ章のうちで自らを解消して現象へと移行する。物の定義は、この運動をたどったのちに置かれる。
定義文
『物とは、根拠と条件との媒介が消え去ることによって実存のうちへ歩み出た直接的なものであり、その存立を諸性質と諸質料とのうちにもちながら、それらの「もまた」と「この」との矛盾として自らを解消し、現象へと移行する実存するものである。』
材料も、道具も、火も、それぞれ別々にただそこにあるが、すべてがそろうとき、それらは料理という一つの事柄のうちへと消えてゆく。こうして実存のうちへ歩み出た物は、まず物自体として、目にもたらされてはじめて色をもち、鼻にもたらされてはじめて匂いをもつ。しかし物自体はそれだけで立つことができず、他のものへの関係、すなわち性質のうちにだけ実存する。やがて自立的なのは性質の方となり、物は、塩の定量、もまた油の定量、もまた水の定量というように、素材の寄せ集め(「もまた」)となる。ところが物は、温かいその一点において、色をもち、塩辛くもある「この」一つのものでもある。一方の素材は他方の素材の孔のうちにしか存立しない。物はこの矛盾そのものであり、それゆえ現象へと移る。