フッサール
Edmund Husserl略歴
モラヴィア(現チェコ)のユダヤ系商人の家庭に生まれる。ライプツィヒ大学・ベルリン大学で数学・物理学・天文学を学び、ウィーン大学で数学の博士号を取得した。ウィーンではブレンターノの哲学講義に出会い、哲学へと転じた。
1887年にハレ大学で哲学の私講師となり、1900〜1901年に主著『論理学研究』を刊行。1906年にゲッティンゲン大学の教授となり、多くの学生を集めた。1916年にフライブルク大学の哲学教授に就任し、1928年に退職するまで同地で研究を続けた。ナチス政権下でユダヤ人として迫害を受け、図書館の利用も禁じられたまま1938年に没した。膨大な草稿はベルギーに持ち出されて保存され(フッサール文庫)、現代に伝わっている。
主要著作
- 1900年『論理学研究』(全2巻)
- 1913年『イデーン』第1巻(純粋現象学への一般的序論)
- 1929年『形式論理学と超越論的論理学』
- 1931年『デカルト的省察』
- 1936年『ヨーロッパ諸学の危機と超越論的現象学』
『イデーン』について
『イデーン』第1巻(1913年)は、フッサールが現象学の方法と原理を体系的に述べた主著である。正式タイトルは「純粋現象学および現象学的哲学の諸構想」。
中心となる方法は「エポケー」と「現象学的還元」である。世界はそこにあるものとして与えられているという自然的態度の一般定立を「括弧に入れ」、遮断する。その遮断のあとに残る純粋意識に目を向け、意識にとっての現れ方そのものを記述することを目指す。物は、どの知覚においても一面的な射映としてしか与えられない。この現出の無限の連続体と、そこに現れる一つの統一との相関を洞察することが、「構成」の問題である。
この書に沿って「物」を定義するとすれば
フッサールにおいて、物の定義は、論の出発点にも到達点にも、ひと言で置かれてはいない。物は、自然的な世界のなかに見いだされる物として最初に現れ、その世界の定立が遮断されたのち、意識の側から、意味の統一として成り立つものとして扱われる。
定義文
『物とは、どの知覚においても一面的な射映においてしか与えられず、現出の無限の連続体を理念として予示しながら、純粋意識に意味を付与されて構成される、超越的であることを含む意味の統一であり、その存在は意識にとって必然的ではなく、二次的で相対的である。』
卓を見る。卓の周りを歩くと、知覚は絶えず移り変わるが、同じなのは卓だけである。卓は、どの知覚においても一面的にしか与えられず、経験をどれほど進めても、規定可能な未規定性の地平は残る。これに対して、体験は射映によって自らを呈示しない。世界が存在しないと考えてみても、残るのは疑いなく絶対的な純粋意識であり、物の存在は意識にとって必然的ではない。すべての実在的統一は意味の統一であり、意味を付与する意識を前提する。物とは、この意識に意味を付与されて構成される、超越的であることを含む意味の統一である。