アリストテレス
Aristotle略歴
マケドニア北方の都市スタゲイラに生まれる。父はマケドニア王の侍医であった。17歳でアテナイに出てプラトンのアカデメイアに入り、プラトンの死(前347年)まで約20年間学んだ。その後アッソスやレスボス島に移り、動植物の観察と研究を行った。
前343年頃、マケドニア王フィリッポス2世の招きを受け、王子アレクサンドロス(後の大王)の家庭教師となった。前335年にアテナイへ戻り、リュケイオンを創設して教育と研究に専念した。前323年にアレクサンドロスが没すると反マケドニア感情が高まり、アテナイを去ってカルキスへ移り、翌年没した。
主要著作
- 前4世紀『カテゴリー論』『命題論』(論理学)
- 前4世紀『自然学』『天体論』(自然哲学)
- 前4世紀『形而上学』(存在論・第一哲学)
- 前4世紀『ニコマコス倫理学』『政治学』(実践哲学)
- 前4世紀『詩学』『弁論術』
『形而上学』と神
『形而上学』の第一巻で、アリストテレスは、第一の原理と原因についての学を「もっとも神的な学」と呼んでいる。神がもっともよくもつであろう学であり、また神的な事柄を対象とする学だからである。この書は、はじめから神と無縁ではない。
神が正面から論じられるのは第十二巻(Λ巻)である。第一の天は止むことなく円運動を続けている。動かされて動かすものは中間のものにすぎないから、その先に、自らは動かされることなく動かす何かがなければならない。それは永遠であり、実体であり、現実態である。
では、この不動のものはどのように動かし、何をしているのか。アリストテレスの答えは、愛されるものとして動かし、自分自身を思惟している、というものである。その思惟は「思惟の思惟」と呼ばれる。中世の神学は、この不動の動者を、哲学による神の把握として受け継いでいった。
この書に沿って「神」を定義するとすれば
アリストテレスは第十二巻の第七章と第九章で、不動の動者がどのようなものであるかを、段階を踏んで規定していく。その規定を順につなげれば、それがそのまま神の定義となる。
定義文
『神とは、自らは動かされることなく、愛されるものとして第一の天を動かす、永遠で不動の実体であり、現実態そのものである。天と自然とはこの原理に依存する。その生は、自分自身を思惟する知性の現実態――思惟の思惟――であり、永遠で最善の生きものである。大きさも部分ももたず、分割されえない。』
止むことのない円運動によって常に動かされている何かが存在する。したがって、第一の天は永遠である。動かされるものであり、かつ動かすものであるものは中間のものであるから、動かされることなく動かす何かが存在する。それは、永遠であり、実体であり、現実態であるものである。欲求されるものや思惟されるものが、動かされることなく動かすように、それは愛されるものとして動かす。天と自然とは、このような原理に依存している。
その生は、私たちがわずかな時間だけ味わうことのできる、最善の過ごし方のようなものである。知性は、思惟されるものにあずかることによって、自分自身を思惟する。神は常にそのような状態にあり、神には生命もまた属する。知性の現実態は生命であり、神はその現実態だからである。それゆえ、神は永遠で最善の生きものであると語られる。
知性は、最も神的で最も尊いものを思惟し、変化しない。もし何か別のものを思惟するなら、知性より尊いものが別にあることになってしまう。したがって知性は、それが最も優れたものである以上、自分自身を思惟するのであり、その思惟は思惟の思惟である。そしてこの実体は、無限の時間にわたって動かすのだから、いかなる大きさももちえず、部分をもたず、分割されえない。