デカルト
René Descartes略歴
1596年、フランス中西部の小都市ラ・エーに生まれる。幼少期に母を失い、体が弱かったため、8歳でラ・フレーシュのイエズス会学院に入学した後も午前中の就床を許された。同学院で10年にわたりスコラ哲学・数学・自然学を修め、1614年に卒業。その後ポワティエ大学で法学の学位を取得した。
1618年、軍人として各地を転々とする生活を選ぶ。オランダ、ドイツ、ボヘミアなどを遍歴するなかで、1619年11月10日の夜、ドイツのノイブルクに滞在中に三つの夢を見る。デカルト自身がこの夜を、自らの哲学的使命を自覚した転機として記している。1628年以降はオランダに定住し、以後約20年にわたって著作に専念した。1649年、スウェーデン女王クリスティーナの招きでストックホルムへ渡ったが、翌1650年の冬、肺炎により53歳で没した。
主要著作
- 1637年『方法序説』(および付録『屈折光学』『気象学』『幾何学』)
- 1641年『省察』(Meditationes de Prima Philosophia)
- 1644年『哲学原理』
- 1649年『情念論』
『省察』と神
『省察』の正式題名は『第一哲学についての省察、神の存在と魂の不死が証明される』である。題名が示すとおり、神の存在の証明は、この書の二つの柱の一つをなしている。
神は二度、別々の道筋で証明される。第三省察では、私のうちにある「神の観念」から出発し、その観念の原因は神そのもの以外にありえないことが示される。第五省察では、神の本質そのものから、存在が神から切り離せないことが示される。
神の存在が確かめられると、神は欺く者ではありえないことが帰結する。この「欺かない神」が、第四省察では誤謬の起源を考える手がかりとなり、第六省察では、物体が存在することを論証する支えとなる。デカルトの神は、懐疑によって一度失われた世界を、確実なものとして取り戻すための要でもある。
この書に沿って「神」を定義するとすれば
デカルトは、神という名で何を理解するかを、第三省察ではっきりと言葉にしている。定義はそこから出発し、証明が進むにつれて、神がつねに存在すること、欠陥をもたないこと、私を瞬間ごとに保存していることが加わっていく。
定義文
『神とは、無限で、独立した、最高度に知性的で最高度に有能な実体であり、私自身と存在するすべてのものを創造し、瞬間ごとに保存する。あらゆる完全性をもち、何の欠陥もないゆえに欺くことがなく、その本質から存在を切り離すことができない。』
疑いを重ねたのち、私のうちに残る観念を一つずつ調べていくと、私自身からは生じえないものが一つだけある。神の観念である。神という名で私が理解するのは、無限で、独立した、最高度に知性的で最高度に有能な実体であり、私自身と、ほかに何かが存在するならそのすべてを創造した実体である。有限な私が、無限な実体の観念をみずから作り出すことはできない。その観念は、実際に無限である実体から来たのでなければならない。だから、神は存在する。
私は自分の力で存在し続けることもできない。私は、私を少し後にも存在させる力を自分のうちに見出さない。私の全存在は、瞬間ごとに神に依存している。そして神は、私が把握はできないが思考によって何らかの仕方で到達できる、あらゆる完全性をもち、何の欠点にもさらされていない。あらゆる欺きは何らかの欠点から来るのだから、神は欺く者ではありえない。
第五省察は、別の道から同じところへ至る。三角形の本性から、その内角の和が二直角に等しいことを切り離せないように、また山から谷を切り離せないように、最高に完全な存在者である神の本質から、存在を切り離すことはできない。存在を欠いた神、すなわち最高の完全性を欠いた最高に完全な存在者を考える自由は、私にはない。私がそう考えるように決定しているのは、私の思考ではなく、神の存在の必然性そのものである。