本HTMLは、アリストテレス『形而上学(Metaphysica/τὰ μετὰ τὰ φυσικά)』(紀元前4世紀、全十四巻)の翻訳です。「物とは何であるか」という問いを、実体・原因・原理の観点から追求した、西洋形而上学の出発点にあたる著作です。本ファイルは全十四巻を収録しています。その内訳は、第一巻(全十章)・第二巻(α巻、全三章)・第三巻(Β巻、全六章、いわゆる「アポリア論」の書)・第四巻(Γ巻、全八章、存在するものであるかぎりにおいての存在するものを主題とし、無矛盾律・排中律を論証する巻)・第五巻(Δ巻、全三十章、「原理」「原因」「一」「実体」「可能態」など、以降の巻を読むうえで鍵となる哲学用語を一語ずつ定義していく、いわば「哲学辞典」にあたる巻)・第六巻(Ε巻、全四章、観想的な学を数学・自然学・神学に分け、付帯的な存在と真としての存在を考察の対象から除外することで、以降の巻で扱われる「存在するものであるかぎりにおいての存在するもの」の探求範囲を確定する巻)・第七巻(Ζ巻、全十七章、実体とは何であるかを本格的に探求する、『形而上学』全体の中心をなす巻。実体が語られる複数の意味(基体・本質・普遍・部分と全体)を順に検討し、本質・定義の理論、生成論、そして「実体は形相である」という結論に至る)・第八巻(Η巻、全六章、第七巻の議論を承けて、質料としての実体と現実態・形相としての実体とをあらためて整理し、定義や複合体がなぜ「一つのもの」であるのかという難問を、可能態と現実態の区別によって解決する巻)・第九巻(Θ巻、全十章、可能態と現実態という対概念を本格的に主題化する巻。運動にかかわる本来の意味での可能態を規定し、メガラ派の「現実に働いているときにのみ可能である」という説を論駁したうえで、現実態が可能態よりも定義式・時間・実体のいずれにおいても先なるものであることを論証し、最後に、複合したものと複合していないものとにおける真偽のあり方を論じて締めくくる)・第十巻(Ι巻、全十章、「一」の意味と、一と多・反対性との関係を主題とする巻。一が「尺度」であることを示したうえで、一と存在するものとの関係、同一・類似・差異の概念を整理し、反対性を「同一の類における完全な差異」として定義し、種における差異と反対性との関係、そして消滅するものと消滅しないものとが類において異なることを論証して締めくくる)・第十一巻(Κ巻、全十二章、既刊の諸巻の内容を要約したかたちで再論する巻。第一章・第二章は第三巻の難問論を、第三章から第六章は第四巻の存在論・無矛盾律擁護論・反プロタゴラス論を、第七章・第八章は第六巻の学問分類論と付帯的存在論を、第九章から第十二章は『自然学』に対応する運動・無限・変化・連続性の議論を、それぞれ要約する)・第十二巻(Λ巻、全十章、感覚されうる実体の原理を要約的に再論したうえで、永遠で不動の実体、すなわち「動かされることなく動かすもの」の存在を論証し、それが自分自身を思惟する知性としての神であることを示す、『形而上学』の神学の頂点をなす巻)・第十三巻(Μ巻、全十章、感覚されうる実体のかたわらに不動の実体が存在するかという問いのもとで、数学的対象の存在の仕方を論じ、プラトン学派のイデア論とイデア数論を批判的に検討する巻)・第十四巻(Ν巻、全六章、第十三巻に続いて、イデアや数を実体とする人々が立てる原理、すなわち一と、不定の二や大と小などそれに対立する原理とを批判し、数が事物の原因でありえないことを示して全巻を締めくくる巻)です。
底本:William David Ross(ed.), Aristotle's Metaphysics(Oxford: Clarendon Press, 1924年, Oxford Classical Texts)。テキストデータは、Perseus Digital Library/Open Greek and Latin Projectが公開するTEI-XML形式のデータ(tlg0086.tlg025.perseus-grc2、CC BY-SA 4.0)にもとづいています。原典(ギリシャ語本文)は別ファイルで公開しています。
翻訳方針:本作品は詩・断片ではなく散文の哲学書であるため、直訳併記は行わず、現代語訳のみを掲載しています。本文中に引用されるパルメニデス・ヘシオドスらの韻文は「」で囲み、出典を明記しています。確定術語・固有名詞については、初出箇所に解説(後述)へのリンクを付し、本文中には括弧書きの説明を加えていません。
解説について:本文中の解説・概説・用語集は、一般に流通している哲学史の知見にもとづいて作成していますが、逐一の出典確認や査読を経たものではありません。本文の理解を助けるための参考としてお使いください。
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知の地図シリーズ / 古典書房
アリストテレスがここで取り上げる問いは、彼一人が思いついたものではなく、ソクラテス以前の自然哲学者たちが、紀元前六世紀以来ほぼ二百年にわたって問い続けてきたものである。タレスに始まるミレトス学派は、万物がそこから生じ、そこへと帰っていく、ただ一つの根源的な質料を探し求めた。ヘラクレイトスは万物の流転を説き、パルメニデスは逆に、存在するものはただ一つであり不変であると主張して、以後の哲学に大きな衝撃を与えた。エンペドクレスとアナクサゴラスは、質料だけでなく運動を引き起こす原因(友愛と争い、あるいは知性)を別に立てることで、パルメニデスの挑戦に応えようとした。ピュタゴラス派は、数と調和のうちに万物の原理を見出そうとした。
プラトンは、これらすべてを受け継ぎながら、感覚されるものの世界とは別に、不変・永遠なイデアの世界を立て、感覚されるものはイデアへの分有によって存在すると論じた。アリストテレスは若き日にプラトンのアカデメイアで二十年近くを過ごし、この師の哲学を学びながらも、やがてこれに正面から異を唱えることになる。
アリストテレスの根本的な革新は、存在するものについての問いを、感覚されるこの世界そのものの中で解決しようとした点にある。プラトンが感覚されるものから切り離された別世界にイデアを立てたのに対し、アリストテレスは、個々の事物そのもののうちに、その事物を成り立たせる原理(形相と質料、可能態と現実態)を見出す。『形而上学』第一巻は、この立場から、それ以前の哲学者たちの原理論を一つ一つ検討し直し、彼らがそれぞれ四原因のうちのどれかにしか触れていなかったことを示す。この第一巻での検討そのものが、後に続く巻々で展開される、実体・本質・原因についてのアリストテレス自身の理論の土台となっている。
『形而上学』という書名(メタ・タ・ピュシカ=自然学の後に置かれるもの)は、アリストテレス自身が名づけたものではなく、紀元前一世紀にロドスのアンドロニコスがアリストテレスの著作群を編纂した際、自然学関連の著作群の後に配置されたことに由来すると伝えられている。それでもこの書は、以後二千年以上にわたって西洋形而上学の基本的な語彙(実体・本質・可能態・現実態・原因・原理)を提供し続けることになった。
中世においては、アラビア語訳を経由してイスラム世界の哲学者たち(アル゠ファーラービー、イブン・スィーナー〈アヴィセンナ〉)に大きな影響を与え、さらにラテン語訳を通じてトマス・アクィナスをはじめとするスコラ哲学の骨格そのものを形づくった。近代に入るとデカルトやスピノザは、アリストテレスの実体概念を批判的に継承しながら自らの体系を築き、カントは『純粋理性批判』において、アリストテレスのカテゴリー論を意識しながら自らの範疇論を組み立てている。20世紀には、ハイデガーが『存在と時間』の出発点を、この『形而上学』第一巻が示す「存在への問い」への回帰に置き、ホワイトヘッドは、アリストテレス的な実体概念そのものを批判しながら自らの過程哲学を展開した。
以下、原則としてギリシャ語をカタカナ/原語(原文字)の順で併記する。
なお、第五巻(Δ巻)は、本書全体を読み解くうえで鍵となる哲学用語を、章ごとに一語ずつ定義していく、いわば本書自身の「用語集」にあたる巻です。原理・原因・実体・可能態など、上記の主要な用語についても、それぞれの章でさらに立ち入った定義が与えられていますので、あわせてご参照ください。
位置づけ:第一巻全体の冒頭であり、以後の議論すべての出発点となる、「知恵とは何か」という問いを立てる部分である。
概要:人間が生まれつき知ることを欲する存在であることを示し、感覚・記憶・経験・技術という段階を踏まえたうえで、知恵をこの階梯の頂点、すなわち原因を知る知識として位置づける。
人間は誰しも、生まれつき知ることを欲する。その証拠は、感覚に対する人間の愛着である。感覚は、何の役に立つかということとは別に、それ自体のために愛される。とりわけ、目によって得られる感覚がそうである。我々が視覚を選ぶのは、何かを行うためだけではなく、何も行おうとしていないときでもそうだからである。視覚が、我々に物を知らせるという点で他のどの感覚よりも優れており、また多くの違いを明らかにしてくれるからこそ、我々はいわば他のすべての感覚に代えて視覚を選ぶのである。
動物は生まれつき感覚を備えて生じるが、この感覚から記憶が生じる動物もいれば、生じない動物もいる。記憶をもつ動物は、もたない動物よりも思慮に富み、学習の能力にも優れている。音を聞き取ることのできない動物、たとえば蜜蜂や、ほかにそのような種類の動物がいればそれは、学習することなしに思慮をもつが、記憶に加えて聴覚をも備えた動物は、学習することができる。
人間以外の動物は、表象と記憶によって生き、経験に与ることはわずかである。これに対し人間という種族は、技術と推論によっても生きる。人間においては、記憶から経験が生じる。同じ事柄についての多くの記憶が、一つの経験の能力をつくり上げるからである。
経験は技術や知識とほとんど同じものであるように見えるが、実際には技術も知識も経験を通じて人間のもとに生じる。ポロスが言うように、経験が技術を作り、無経験が偶然を作るのである。技術が生じるのは、経験によって得られた多くの着想から、類似の事柄についての一つの普遍的な判断が生まれるときである。たとえば、カリアスがこの病気にかかったときにこの治療が効いた、ソクラテスにも同様に効いた、そのように個々の場合について多くのことが分かっているというのは経験にもとづく知識である。これに対し、一つの種として区切られる、このような人々すべてに、この病気にかかったときにこの治療が効いた、たとえば粘液質の者や胆汁質の者が高熱に苦しむときに効いた、というのは、技術にもとづく知識である。
実践という点だけを見れば、技術は経験と何ら異ならないように思われる。むしろ経験をもつ者のほうが、経験なしに理屈だけをもつ者よりも、多くの場合うまくいく。経験が個々のものについての知識であり、技術が普遍的なものについての知識であるのに対し、実践や生産はすべて個々のものに関わるからである。医術を行う者が治すのは、付帯的にでなければ人間一般ではなく、カリアスやソクラテスや、たまたま人間であるにすぎないそのように名指される個々の誰かである。したがって、経験なしに理屈だけをもち、普遍的なものは知っていてもそのうちに含まれる個々のものを知らない者は、治療を誤ることが多い。治療されるべきものは個々のものだからである。
それでもなお我々は、知ることと理解することは経験よりも技術のほうに多く属すると考え、技術をもつ者を経験をもつ者よりも知恵ある者とみなす。それは、すべての場合において、知ることに従ってより多く知恵が伴うと考えるからである。技術をもつ者が原因を知っているのに対し、経験をもつ者はそれを知らない。経験をもつ者はそうであるという事実は知っているが、なぜそうであるかを知らない。これに対し技術をもつ者は、なぜそうであるか、つまり原因を知っているのである。
だからこそ我々は、あらゆる仕事について、棟梁を職人よりも尊く、より多くを知る者、より知恵ある者とみなす。棟梁は作られるものの原因を知っているからである。これに対し職人は、あたかも命をもたないものの一部が、自分の行うことを知らずに行うのと似ている。たとえば火が物を焼くようなものである。命をもたないものはそれぞれを自然の本性によって行うが、職人は習慣によって行う。したがって棟梁が知恵ある者とみなされるのは、実践に長けているからではなく、理屈をもち、原因を知っているからである。
一般に、知っている者と知らない者とを分ける印は、教えることができるかどうかである。だからこそ我々は技術を経験よりも一層知識であるとみなす。技術をもつ者は教えることができるが、経験しかもたない者は教えることができないからである。さらに、我々は感覚のいずれをも知恵とはみなさない。感覚は個々の事柄についてもっとも確かな知識ではあるが、なぜ火が熱いかは語らず、ただ火が熱いということだけを語るからである。
したがって、共通の感覚を超えた何らかの技術を最初に見出した者が人々から驚嘆されたのは当然のことである。それは、その見出されたものが役に立ったからというだけでなく、その者が知恵ある者であり、他の人々とは異なる者であると見えたからでもある。さらに多くの技術が見出され、あるものは生活の必要のために、あるものは余暇の過ごし方のために存在するようになると、必要のためではないものを見出した者たちのほうが、常により知恵ある者とみなされるようになった。彼らの知識は実用のためのものではなかったからである。
こうしてすでにそのような技術がすべて整えられたのちに、快楽のためでも生活の必要のためでもない知識が見出された。それが最初に見出されたのは、人々が最初に余暇を得た土地においてであった。数学に関する諸学問が、まずエジプトの地で確立されたのはそのためである。そこでは祭司の一族が余暇を過ごすことを許されていたからである。
技術と知識、そしてこれらと同類の事柄との違いについては、倫理学の書ですでに述べた。ここでこの議論を行う理由は、次の点にある。すなわち、知恵と呼ばれるものは第一の原因と原理とに関わるものであると、すべての人が考えているという点である。それゆえ、先に述べたとおり、経験をもつ者は何らかの感覚をもつにすぎない者よりも知恵ある者とみなされ、技術をもつ者は経験をもつ者よりも、棟梁は職人よりも、観想的な知識は制作的な知識よりも、それぞれ知恵あるものとみなされるのである。以上のことから、知恵とはある種の原理と原因とに関わる知識であることが明らかである。
位置づけ:第一章で確認した「知恵は原因を知る知識である」という規定をさらに掘り下げ、知恵がどのような性格をもつ知識であるかを、通念(人々が知恵ある者について共通に抱く見方)を手がかりに規定してゆく部分である。
概要:知恵ある者の特徴を六つの観点から列挙し、そこから知恵を「もっとも普遍的で、もっとも認識しがたく、もっとも厳密で、他の学問に教える立場にあり、それ自体のために求められる、第一の原理と原因についての学」として規定する。さらに、この知恵が驚異の感情から始まり、実用を離れた自由な学であること、そしてそれが人間には超え難い、いわば神的な学であることを論じる。
さて、我々が求めているのはこの知識であるから、次に検討すべきは、いかなる原因といかなる原理についての知識が知恵であるか、という点である。知恵ある人物について我々が抱いている考えを取り上げるならば、このことはいっそう明らかになるだろう。
我々はまず、知恵ある人とは、できる限りすべてのことを知っている人であると考える。ただし、個々の事柄について一つ一つ知識をもっているという意味ではない。次に、困難な事柄、人間には容易に知りえない事柄を知りうる人を知恵ある人と考える。感覚によって知ることは誰にでも共通のことであるから、それは容易なことであり、何ら知恵を要することではないからである。さらに、あらゆる知識において、より厳密であり、より原因を教えることのできる人のほうが、より知恵ある人であると考える。また、それ自体のために、知ることそれ自体のために選ばれる知識のほうが、結果として得られるもののために選ばれる知識よりも、いっそう知恵にふさわしいと考える。そして、より統率的な知識のほうが、それに仕える知識よりも、いっそう知恵にふさわしいと考える。なぜなら、知恵ある者は他人に命じられる者ではなく、命じる者でなければならず、他人に従う者ではなく、知恵に劣る者が知恵ある者に従うべきだからである。
知恵についての我々の想定はおおよそこれだけの種類と数からなる。これらのうち、あらゆる事柄を知るということは、もっとも普遍的な知識をもつ者に必ず属する。普遍的なものを知る者は、いわば個々の場合のすべてを、ある意味で知っているからである。もっとも普遍的な事柄は、人間にとってもっとも認識しがたいものでもある。それは感覚からもっとも遠く離れているからである。もろもろの学問のうち、第一の諸原因についての学問がもっとも厳密である。少数の原理から出発する学問のほうが、付加された原理から出発する学問よりも厳密だからである。算術は幾何学よりも厳密だというのがその一例である。他の学問を教える能力にもっとも富んでいるのも、事物の原因を考察する学問である。教えるとは、それぞれの事柄の原因を示すことにほかならないからである。
また、知ることや理解することそれ自体のために求められる知識は、もっとも知りうるものについての学において、もっとも多く見出される。それ自体のために、他の帰結のためではなく知ることを選ぶ者は、もっとも学問的な知識、すなわちもっとも知りうるものについての知識を選ぶからである。もっとも知りうるものとは、第一のもの、すなわち原因である。他の事柄は、これらの原因によって、これらを通じて知られるのであり、これら自体は、それらの下位にあるものによって知られるのではない。もろもろの学問のうち、もっとも統率的であり、仕える学問よりもいっそう統率的な学問は、それぞれの事物が何のために為されるべきかを知る学問、すなわちそれぞれの善、さらには自然全体における最高の善を知る学問である。
以上すべてを総合すれば、探し求めている学の名は同一のものに帰着する。この学は、第一の諸原理と諸原因を考察するものでなければならない。善も、「そのために」ということも、諸原因の一つだからである。
この知恵が制作的な知識ではないことは、もっとも古くから哲学した人々の様子からも明らかである。人間は、はじめ、驚異の情によって哲学しはじめた。今日でも変わらない。はじめは身近にある不可解な事柄に驚き、それからしだいに前進して、月にまつわる諸現象について、さらには太陽や星々にまつわる諸現象について、そして万物の生成について、疑問を抱くようになった。疑い驚く者は、自分が無知であると思っている。それゆえ、神話を愛する者も、ある意味では知を愛する者、すなわち哲学者である。神話も驚くべき事柄から成り立っているからである。したがって、人が無知から逃れるために哲学したのであれば、まさにそれゆえに、人は知ることそれ自体のために知を追い求めたのであって、何かの役に立てるためではなかったことは明らかである。
この事実そのものが証言している。あらゆる生活の必需品、さらには安楽と快適のための事柄がほぼすべて整ってから初めて、人はこの種の思慮を求めはじめたのである。したがって、我々がこの知恵を、ほかのいかなる必要のためにも求めているのではないことは明らかである。むしろ、我々が、他人のためにではなく自分自身のために存在する人を自由な人と呼ぶように、もろもろの学問のうちでも、この学問だけが、あらゆる学問のうちで唯一自由な学問である。この学問だけが、それ自体のために存在するからである。
それゆえ、この学問の獲得は、人間のものではないと考えられても不当ではないだろう。多くの点で人間の本性は隷属的だからである。シモニデス*1が言うように、「この特権を持つのは神のみである」ということになるだろう。とはいえ人間が、自分に見合った知識を求めないのは、ふさわしくない。さて、詩人がもし真実を語っているならば、神が妬むということは十分にありうることであり、そうであれば、この場合においても神はとりわけ妬むはずであり、この学に秀でたすべての者は不幸であるということになるはずである。しかし、神が妬むということはありえないし、諺にも「詩人は多くの偽りを語る」とあるとおりである。また、この学よりも尊ぶべき学があるとも考えられない。もっとも神的な学こそがもっとも尊いはずであり、そのような学は二つの理由から、この学をおいて他にない。すなわち、神がもっともよくもつであろう学は、もろもろの学問のうちで神的な学であり、また、神的な事柄を対象とする学があるとすれば、それも神的な学である。ところが、この学だけがこの両方の条件を満たしている。あらゆる事物にとって神が原因の一つであり原理の一つであると考えられており、しかもこの種の学問は、神のみが、あるいは神がもっとも多く、もつことができると考えられるからである。
他のあらゆる学問は、この学よりも必要ではあろうが、この学よりも優れたものは一つもない。
とはいえ、この知恵の獲得は、我々の当初の探求とは、ある意味で正反対の状態へと落ち着かなければならない。というのも、すでに述べたとおり、誰もが、事柄がそのようになっていることに対する驚異から出発するからである。それはちょうど、見世物の自動人形について、あるいは太陽の回帰について、また対角線の通約不可能性について驚くのと同じである。というのも、いまだ原因を考察したことのない者すべてにとって、何かが最小の単位によって計測されないということは、驚くべきことであると思われるからである。しかし、諺にあるとおり、これは正反対の、いっそう良い状態へと終着しなければならない。ちょうど、これらの事柄を学んだ後にそうなるのと同様である。というのも、幾何学者にとって、もし対角線が計測可能なものになったとしたら、それ以上に驚くべきことはないであろうからである。以上により、我々が探求している学の本性がいかなるものであるか、また、この探求と探求の方法全体が到達すべき目標がいかなるものであるかが、語られたことになる。
*1 シモニデス(前六世紀後半〜前五世紀前半)。ケオス島出身の抒情詩人。ここでの引用は、知恵という特権は神にのみ属するという趣旨の一句とされる。
位置づけ:第一巻の後半(第三章〜第十章)全体の導入であり、以後の学説誌(先行する哲学者たちの原理論を批判的に検討する部分)の枠組みを提示する箇所である。
概要:探求すべき原因を四種類(実体・質料、運動の始まる源、目的)に整理したうえで、この観点から最初期の自然哲学者たち、すなわちミレトス学派(タレス、アナクシメネスら)を検討し、彼らがもっぱら質料の原因にしか目を向けていなかったことを示す。あわせて、運動の原因を求める探求が、いかにしてアナクサゴラスの「知性」という考えへと進んでいったかを述べる。
第一の諸原因についての知識を獲得することが必要であるのは、明らかである。ある事柄について、その第一の原因を知ったと考えるとき、我々はそれを知っていると言うからである。原因という語は四つの意味で語られる。第一に、それぞれのものの実体、すなわち本質である。なぜかということは、最終的には定義式へと還元され、その最初の「なぜ」が原因であり原理だからである。第二に、質料、すなわち基体である。第三に、運動がそこから始まる源である。第四に、これと対立する原因、すなわち「そのために」ということ、つまり善である。あらゆる生成と運動の目的は、これだからである。
これらの原因については、自然学についての書物ですでに十分に検討した。それでもなお、我々より前に、存在するものの探求に取り組み、真理について哲学した人々を、ここで取り上げよう。彼らもまた、何らかの原理と原因について語っているのは明らかだからである。彼らの説を検討しておけば、今のこの探求にとって何かしら益となるだろう。そうすることで、我々は別の種類の原因を見出すか、あるいは今すでに述べた原因への確信をいっそう深めるか、そのいずれかになるはずだからである。
最初に哲学した人々の多くは、質料の形をとる原理のみが、あらゆるものの原理であると考えた。あらゆる存在するものがそこから成り、そこから最初に生じ、最後にそこへと消滅していくもの、実体は存続しつづけながらもその様態において変化するもの、これこそが彼らの言う元素であり、あらゆるものの原理であるとされた。それゆえ彼らは、何ものも生成せず消滅もしないと考えた。この種の本性は常に保存されると考えたからである。ちょうど我々が、ソクラテスが美しくなろうとも音楽的になろうとも、あるいはこれらの状態を失おうとも、基体としてのソクラテス自身が存続する以上、無条件な意味でソクラテスが生成したり消滅したりするとは言わないのと同じように、彼らも、他のいかなるものについても同様に考えたのである。常に、そこから他のものが生じる、一つあるいは複数の何らかの本性があり、それらの他のものが生成する間もその本性自体は保存されると考えたからである。
ただし、この種の原理の数と種類については、すべての論者が同じことを述べているわけではない。この種の哲学の創始者であるタレス*1は、それを水であると言った。だからこそ彼は、大地は水の上に浮かんでいるとも述べたのである。おそらく彼は、あらゆるものの養分が湿っていること、そして熱そのものがこの湿ったものから生じ、これによって生きていることを見てとり、あるものがそこから生じるところのものこそがあらゆるものの原理であるという考えに基づいて、この見解を得たのであろう。この理由に加え、あらゆるものの種子が湿った本性をもつこと、そして水が湿ったものの本性にとっての原理であることからも、彼はこの見解を得たのだと思われる。
大昔の人々、現在よりはるか以前に生き、最初に神々について語った人々も、自然について同じような見方をしていたと考える者もいる。彼らは、オケアノスとテテュスを万物生成の父母とし、神々の誓いを水、すなわち彼らがステュクスと呼ぶものであるとしたからである。もっとも古いものこそがもっとも尊ばれ、誓いはもっとも尊ばれるものによって立てられるからである。
この自然についての見解が、はたして古く昔からのものであったかどうかは、あるいは定かではないかもしれない。しかしタレスは、第一の原因についてこのように述べたと伝えられている。ヒッポン*2については、その思考の浅薄さゆえに、誰もこの人々のうちに数えようとは思わないだろう。アナクシメネス*3とディオゲネス*4は、水よりも空気を、単純な物体のうちでもっとも先立つ原理とみなした。メタポンティオンのヒッパソス*5とエフェソスのヘラクレイトス*6は火を原理とみなした。エンペドクレス*7は、それまでの三つに土を加え、四つの元素を立てた。彼によれば、これらの元素は常に存続し、多いか少ないかという点で、一つへと結合し、一つから分離することによるほかは、生成することがない。
彼よりも年齢では先んじながら、業績では後れを取ったクラゾメナイのアナクサゴラス*8は、原理は数において無限であると言った。彼によれば、同質部分体のほとんどすべてが、水や火と同じように、結合と分離によってのみ生成し消滅するのであり、それ以外の意味では生成も消滅もせず、永遠に存続するのである。
以上の人々からすれば、質料の形をとる原理だけが唯一の原因であると考えられたであろう。しかし、彼らが探求を進めるにつれて、事柄そのものが彼らのために道を切り開き、さらなる探求を強いることになった。あらゆる生成と消滅が、何か一つの、あるいは複数のものから生じるのだとしても、なぜそうなるのか、その原因は何であるのかが問われねばならないからである。基体そのものが、自分自身を変化させるわけではない。たとえば、木材も青銅も、それぞれが自分自身を変化させる原因ではなく、木材がみずから寝台になったり、青銅がみずから彫像になったりするわけでもなく、変化には別の何かが原因として働いているのである。この原因を探求することは、我々の言葉で言えば、もう一つ別の原理、すなわち運動がそこから始まる源を探求することにほかならない。
ごく初期にこの種の探求に取り組み、基体は一つであると主張した人々は、これについて何の困難も感じなかった。しかし、一なるものを主張する人々のうちのある者は、まるでこの探求そのものに打ち負かされたかのように、一なるものは不動であると主張するに至った。生成と消滅に関して自然全体が不動であるという点は古くから誰もが認めていたことであったが、彼らはそれにとどまらず、それ以外のあらゆる変化に関しても自然全体は不動であると言うに至ったのである。これは彼らに固有の見解である。
万物は一つであると主張する人々のうち、この種の原因、すなわち運動の原因を見て取った者は、パルメニデスを除いては一人もいなかった。そのパルメニデスにしても、原因を一つだけでなくある意味で二つ立てている限りにおいてのことである。これに対し、複数の原理を立てる人々、たとえば熱と冷、あるいは火と土を立てる人々のほうが、この種の原因についていっそう語りやすい立場にある。彼らは、火には運動を引き起こす本性があると考え、水や土やそれに類するものには、その反対の本性があると考えるからである。
これらの人々とこの種の原理の後、これらだけでは存在するものの本性を生み出すのに十分ではないとして、人々はふたたび、先に述べたとおり真理そのものに強いられて、次の原理を探求することになった。存在するものの一部が善くあり、あるいは美しく生成するということについて、火や土やそれに類するもののいずれかがその原因であるとは、おそらくありそうにないことであり、彼らがそのように考えたとも思われない。かといって、これほど重大な事柄を、自然発生や偶然にゆだねてしまうのもよいことではなかった。そこで、動物のうちに知性があるのと同じように、自然のうちにも、秩序と配列全体の原因となる知性があると誰かが語ったとき、その人は、それ以前にでたらめなことを語っていた人々のなかで、ただ一人素面の者であるかのように見えたのである。
このような主張に取り組んだのは、明らかにアナクサゴラスであったと我々は知っている。しかし、これをより早く語ったのはクラゾメナイのヘルモティモス*9であるとも伝えられている。このように考えた人々は、善さの原因を存在するものの一つの原理として立てると同時に、存在するものに運動が生じる、その源としての原理をも立てたのである。
*1 タレス(前七世紀〜前六世紀)。ミレトス出身。伝統的に西洋最初の哲学者とされる人物で、万物の根源(アルケー)を水であるとした。
*2 ヒッポン(前五世紀)。サモス島またはメタポンティオン出身とされる自然哲学者。水を万物の根源とした。
*3 アナクシメネス(前六世紀)。ミレトス出身。タレスの後継者とされ、空気を万物の根源とした。
*4 アポロニアのディオゲネス(前五世紀)。アナクシメネスの空気説を継承した自然哲学者。
*5 メタポンティオンのヒッパソス(前五世紀)。ピュタゴラス派の一員とされ、火を万物の根源とした。
*6 ヘラクレイトス(前六世紀〜前五世紀)。エフェソス出身。万物の流転と、対立するものの調和を説き、火を万物の根源とした。
*7 エンペドクレス(前五世紀)。アクラガス出身。火・空気・水・土の四元素と、これらを結合・分離させる「愛」と「争い」という二つの動因を説いた。
*8 アナクサゴラス(前五世紀)。クラゾメナイ出身。無数の「同質部分体(ホモイオメレイア)」を万物の元素とし、これらに秩序を与える原理として「知性(ヌース)」を立てた。
*9 クラゾメナイのヘルモティモス(生没年不詳、アナクサゴラス以前)。知性を宇宙の秩序の原因とする考えを、アナクサゴラスに先立って唱えたと伝えられる、半ば伝説的な人物。
位置づけ:第三章で検討した「質料の原因」に加え、運動を引き起こす原因(動因)、そして善悪の原因が誰によってどのように語られたかを検討する部分である。
概要:ヘシオドスやパルメニデスが「エロース」を原理として立てたことに触れたうえで、エンペドクレスの「愛」と「争い」という二つの動因を検討し、これを未熟な仕方ながら質料の原因と動因の双方に触れたものと評価する。あわせて、アナクサゴラスが知性を「機械仕掛け」的にしか用いていないことを批判し、原子論者(レウキッポスとデモクリトス)の原子論、すなわち形・配列・位置という三つの差異による説明を紹介する。
こうした原因を最初に探求したのは、ヘシオドス*1であったと疑ってみることもできよう。あるいは、パルメニデスのように、エロースあるいは欲望を存在するもののうちの一つの原理として立てた、他の誰かであったとも考えられる。というのも、パルメニデスは、宇宙全体の生成を組み立てるにあたって、「もろもろの神々のうちで、真っ先にエロースを案出した」と語っているからである。ヘシオドスは、「あらゆるもののうちで真っ先にカオスが生じ、その後に胸の広い大地が……そしてエロースが、不死なる神々すべてのうちでとりわけ秀でている」と歌っている。これは、事物を動かし結合させる何らかの原因が、存在するもののうちになければならないという考えに基づくものである。これらの人々のうち、誰が最初にこれを語ったかを判定することについては、後に判断することとして措いてよいであろう。
さて、自然のうちには、善きものと対立するものもまた内在していると見えてきた。すなわち、秩序や美しさだけでなく、無秩序や醜さもまた見出されたのである。また、悪しきものは善きものよりも、劣ったものは美しいものよりも数多いとも見えたので、こうして別の或る人物が、「愛」と「争い」とを持ち込み、それぞれをこれらそれぞれの原因とみなした。というのも、もし誰かがエンペドクレスの言葉を、その口ごもるような言い回しにではなく、その思想そのものに即して辿るならば、「愛」が善きものの原因であり、「争い」が悪しきものの原因であることを見出すであろうからである。したがって、もし誰かが、エンペドクレスこそが、ある意味で、悪と善を諸原理として語った最初の人物であると言うならば、その者はおそらく正しく語っていることになるであろう。あらゆる善きものの原因が善そのものであるとすれば、これは正しいはずだからである。
以上のように、これらの人々は、すでに述べたとおり、ここまでのところで、我々が自然学の書物において区別した二つの原因、すなわち質料の原因と、運動がそこから始まる源としての原因とに、触れているように見える。もっとも、それはぼんやりとした、いささかも明晰でない仕方であり、ちょうど、訓練を積んでいない者が試合で行うのに似ている。というのも、訓練を積んでいない者も、動き回るうちに、しばしば見事な一撃を打つことがあるが、それは知識に基づくものではない。これと同じく、この人々もまた、自分が何を語っているのかを知っているようには見えないからである。彼らは、これらの原因をほとんど用いていないように見え、用いているとしてもごくわずかにすぎない。たとえばアナクサゴラスは、宇宙の生成を説明するにあたって、知性をいわば機械仕掛けのように用いる。そして、あることが必然的にそうなっている原因について行き詰まると、そのときになって知性を引っ張り出してくるのであるが、それ以外の場合には、生成する事柄の原因として、知性よりもむしろあらゆる他のものを挙げるのである。エンペドクレスは、アナクサゴラスよりも多くこれらの原因を用いてはいるが、それでも十分な仕方によってではなく、この点において首尾一貫した説明を見出してもいない。
現に彼のもとでは、多くの場合、「愛」が分離させ、「争い」が結合させるということになっている。というのも、「争い」によって万物が諸元素へと分離するとき、火は一つに結合し、他の元素もそれぞれ一つに結合するからである。そして逆に、「愛」によってこれらが再び一つのものへと集まるときには、それぞれの元素から、その部分が再び分離せざるをえないのである。
したがって、エンペドクレスは、以前の人々とは異なり、原因を分割するということを最初に持ち込んだ人物であった。彼は、運動の原理をただ一つとしてではなく、別々の、しかも対立するものとして立てたのである。さらに彼は、質料の形をとるものとして語られる元素を、四つであると最初に述べた人物でもあった。もっとも彼は、これらを実際には四つとしてではなく、あたかもただ二つであるかのように用いている。火をそれ自体として一方に置き、これと対立するもの、すなわち土と空気と水とを、いわば一つの本性であるかのように、他方に置いたのである。このことは、彼の詩を検討すれば見て取れるであろう。以上のように、エンペドクレスは、すでに述べたとおりの仕方で、これだけの数の原理を語ったのである。
レウキッポス*2とその同志デモクリトス*3は、充実したものと空虚なものとを元素であると言い、前者を存在するもの、後者を存在しないものと呼ぶ。これらのうち、充実し堅固なものが存在するものであり、空虚なものが存在しないものである。それゆえ彼らは、存在するものが存在しないものよりも多くあるわけではないとも言う。物体が空虚よりも多くあるわけではないからである。彼らは、これら両者を、存在するものにとっての質料の形をとる原因とみなす。そして、基体となる実体を一つとする人々が、その様態によって他のものを生じさせ、希薄と濃密とを諸様態の原理として立てるのと同じように、これと同じ仕方で、彼らもまた、差異こそが他のものの原因であると言う。もっとも彼らは、この差異が三つであると言う。すなわち、形と配列と位置である。彼らによれば、存在するものは、「型」と「接触の仕方」と「向き」によってのみ異なるという。これらのうち、「型」が形であり、「接触の仕方」が配列であり、「向き」が位置である。たとえば、A(アルファ)はN(ニュー)と形において異なり、ANはNAと配列において異なり、Z(ゼータ)はH(エータ)と位置において異なる、というのである。しかし、運動については、それがどこから、またどのようにして存在するものに備わるのかという点を、彼らもまた、他の人々と同様に、怠って手つかずのまま残した。以上により、二つの原因については、すでに述べたとおり、この程度まで、以前の人々によって探求されたように思われる。
*1 ヘシオドス(前八世紀頃)。『神統記』などを著した叙事詩人。神々の系譜と宇宙の生成を歌った。
*2 レウキッポス(前五世紀)。原子論の創始者とされる哲学者。詳しい経歴は伝わっていない。
*3 デモクリトス(前五世紀〜前四世紀)。アブデラ出身。レウキッポスの原子論を体系化し、万物は不可分な原子と空虚から成るとした。
位置づけ:質料の原因・動因を探求した人々に続き、形相の原因により近づいたと評価されるピュタゴラス派、および存在そのものを一なるものとみなしたエレア派(クセノパネス・パルメニデス・メリッソス)を検討する部分である。
概要:ピュタゴラス派が数を万物の原理とみなし、限定と無限を筆頭とする対立項の表を立てたことを紹介し、クロトンのアルクマイオンの類似の学説にも触れる。続いてエレア派の存在一元論を検討し、クセノパネスとメリッソスをやや素朴な論者として退けつつ、パルメニデスの学説を、いっそう思慮深いものとして評価する。
これらの人々のもとで、そしてこれらの人々よりも先に、いわゆるピュタゴラス派*1の人々が、数学の研究に最初に着手し、これを前進させた。彼らは数学のうちで育ち、その諸原理を、あらゆる存在するものの原理であると考えた。数学の諸原理のうちで数は本性上第一のものであり、彼らは、火や土や水におけるよりも多く、数のうちに、存在するものや生成するものとの類似を見て取った。たとえば、数のかくかくの様態は正義であり、しかじかの様態は魂であり知性であり、また別の様態は好機であるといったぐあいであり、他のほとんどすべてのものについても同様に、それぞれが数によって表されると考えたのである。さらに彼らは、音階の様態と比が数のうちに見出されることに気づいた。
このように、他のもろもろのものもその本性において数に似せて作られているように見え、数はまさに自然全体のうちで第一のものであると見えたので、彼らは数の元素を、あらゆる存在するものの元素であるとみなし、天全体を音階であり数であると考えた。そして、天の諸様態と諸部分、さらに全体の秩序づけに対して、数と音階のうちに一致するものとして示しうる事柄をすべて集め、当てはめた。もし体系のどこかに何か欠けているところがあれば、自分たちの理論全体が一貫したものとなるように、進んでこれを補った。たとえば、十という数が完全なものであり、数の本性全体を包括していると考えたので、天を運行する天体も十個あると主張し、目に見える天体は九個しかなかったので、そのために十番目の天体として「対地球」を作り出したのである。
これらの点については、我々は他の著作でいっそう詳しく論じた。しかし、ここでこの人々を取り上げる理由は、彼らのもとでいかなる原理が立てられ、それが先に述べた諸原因のもとにどのように収まるかを、彼らのもとから採取するためにほかならない。彼らもまた、数を原理とみなしていることは明らかである。数を、存在するものにとっての質料としても、その様態としても状態としても、原理とみなしているのである。そして数の元素として偶数と奇数を立て、これらのうち一方を限定されたもの、他方を無限定なものとし、一なるものはこの両者から成るとした。すなわち、一は奇数であると同時に偶数でもあるとされる。数は一なるものから成り、天全体は、すでに述べたとおり、数であるとされる。
この同じ人々のうちの別の者たちは、原理を十の、対をなす形で語られる項として並べて挙げる。限定と無限、奇と偶、一と多、右と左、男と女、静と動、直と曲、明と暗、善と悪、正方形と長方形がそれである。クロトンのアルクマイオン*2も、同じような仕方でこれを考えたようであり、彼がこの説をピュタゴラス派から受け継いだのか、それとも彼らが彼から受け継いだのかは定かではない。アルクマイオンも、これと似通った見解を述べているからである。彼は、人間界の多くの事柄が対をなしていると言い、ピュタゴラス派のように限定された対立項を挙げるのではなく、白と黒、甘いと苦い、善と悪、大と小など、たまたま思いついた対立項を挙げたにすぎない。アルクマイオンは、残りの対立項について明確な規定を述べなかったが、ピュタゴラス派は対立項の数と種類を明らかにした。
これら双方から、対立するものが存在するものの原理であることは把握できる。しかし、その数と種類がいかなるものであるかは、後者、すなわちピュタゴラス派からのみ取ることができる。これらの原理がどのようにして先に述べた諸原因のもとに集約されるかは、彼らのもとでは明晰に語られていないが、彼らは原理を、いわば質料の形をとる元素として立てているように見える。実体は、これらの元素が内在するものとして、これらから構成され形づくられると彼らは言うからである。
以上により、自然の元素は複数であると語った古い時代の人々について、その思想を検討するにはこれで十分である。他方、万物について、それが一つの本性であるとして説を述べた人々もいるが、語り方の見事さという点でも、自然に即しているかという点でも、すべての論者が同じ仕方で語っているわけではない。この人々についての議論は、原因についての今の考察には、いかなる意味でも適合しない。一なる存在を仮定しながらも、これを質料のように扱ってそこから万物を生成させる自然哲学者たちとは異なり、この人々は別の仕方で語るからである。前者は万物を生成させるにあたって運動を付け加えるが、この人々は、一なるものは不動であると言うのである。とはいえ、これだけは今の考察にとって関わりがある。パルメニデス*3は、定義式のうえでの一なるものを捉えているように見え、メリッソス*4は質料のうえでの一なるものを捉えているように見える。そのため、一方は一なるものを限定されたものと言い、他方はこれを無限であると言うのである。
これに対しクセノパネス*5は、この人々のうちで最初に一なるものを立てた人物であるが、パルメニデスはこのクセノパネスの弟子であったと伝えられる。だが、クセノパネスは何も明晰にしなかった。彼は、この両方の意味のいずれにも触れなかったように見え、ただ天全体を見渡して、一なるものを神であると述べたにすぎない。したがって、すでに述べたとおり、クセノパネスとメリッソスの二人は、幾分粗雑な論者として、今の探求からは除外しなければならない。しかしパルメニデスは、より深い洞察をもって語っているように見える。彼は、存在するものの傍らには非存在は何も存在しないとする立場から、必然的に、存在するものはただ一つであり、他の何ものも存在しないと考えたのである。この点については、自然学の書物でいっそう明晰に論じた。とはいえ、感覚される現象に従わざるをえなかったので、彼は、定義式のうえでは一なるものが、感覚のうえでは多であると捉え、再び二つの原因、二つの原理、すなわち熱と冷を、いわば火と土という名で立てた。この両者のうち、彼は熱を存在するものの側に、冷を非存在の側に配したのである。
以上に述べたことがら、そしてすでにこの議論に加わってきた識者たちから、我々は次のことを受け取った。最初期の人々からは、原理が物体的なものであるという見解を受け取った。水や火やそれに類するものは物体だからである。ある者はこの物体的な原理を一つとし、ある者は複数としたが、いずれもこれを質料の形をとるものとして立てた点では一致している。また別の者たちからは、この質料の原因に加えて、運動がそこから始まる源を立てるという見解を受け取ったが、これについても、ある者は一つとし、ある者は二つとした。
このように、イタリア学派、すなわちピュタゴラス派に至るまで、そしてこの学派を除けば、他の論者たちは、これらの事柄について幾分あいまいな語り方をしてきた。ただし、すでに述べたとおり、彼らは実質的に二つの原因を用いており、そのうち運動がそこから始まる源については、ある者は一つとし、ある者は二つとしている。これに対しピュタゴラス派は、二つの原理を同じような仕方で語りながらも、彼らに固有の一点を付け加えた。すなわち、限定されたものと無限定なものとを、火や土やそれに類する何か別の本性とは考えず、無限定なものそれ自体と一なるものそれ自体こそが、これらが述語づけられるものの実体であると考えたのである。それゆえ彼らは、数こそが万物の実体であるとしたのである。
以上のようにこれらの事柄について彼らは説を述べ、また「それが何であるか」ということについても語りはじめ、定義を試みたが、その扱いはあまりに単純であった。彼らは表面的な定義を行い、ある語られた定義が最初に当てはまるものこそが、その事柄の実体であると考えたのである。たとえば、「二倍」と「二」とは同じものであると考えるようなものである。「二倍」という規定が最初に当てはまるのは二という数だからである。しかし、二倍であるということと二であるということは、おそらく同じではない。もし同じだとすれば、一なるものが多くのものになってしまうことになるが、これはまさに彼らにも生じたことなのである。以上が、我々に先立つ人々、そして他の論者たちから受け取ることのできる事柄である。
*1 サモスのピュタゴラス(前六世紀)を祖とする学派。数を万物の原理とみなし、宗教的な結社としての性格も併せもった。
*2 クロトンのアルクマイオン(前六世紀〜前五世紀)。医学者・哲学者。対立するものの均衡によって健康が保たれるとした。
*3 エレアのパルメニデス(前六世紀末〜前五世紀)。存在は不生不滅・不動・単一であると説き、生成消滅を感覚の錯覚とした。エレア派の中心人物。
*4 サモスのメリッソス(前五世紀)。エレア派に属し、パルメニデスの学説を継承しつつ、存在は空間的に無限であるとした。
*5 コロフォンのクセノパネス(前六世紀〜前五世紀)。擬人的な多神観を批判し、唯一の神・唯一の存在を説いたとされる。エレア派の先駆とされる。
位置づけ:形而上学史上もっとも重要な学説の一つ、プラトンのイデア論を検討する章である。師プラトンへの敬意を保ちつつも批判的検討を予告する、第九章の本格的批判への布石でもある。
概要:プラトンの哲学がピュタゴラス派とヘラクレイトス、ソクラテスの三つの系譜を継承しつつ独自に展開したものであることを示し、イデア・数学的対象・「大と小」という質料的原理・「一」という形相的原理からなるプラトンの体系を紹介する。末尾では、プラトンが「大と小」を一つではなく二として立てた理由を、机の比喩・雄雌の比喩を用いて説明し、結局のところプラトンが用いた原因は「それが何であるか」の原因と質料の原因の二つのみであったと総括する。
これまで述べてきた人々の後に、プラトン*1の哲学が登場した。多くの点で先の人々に従うものであったが、イタリア学派、すなわちピュタゴラス派の哲学とは異なる独自の点ももっていた。プラトンは若い頃、まずクラテュロス*2と交わり、ヘラクレイトスの説、すなわち感覚されるものはすべて常に流転しており、それらについての知識は成り立たないという説に親しんだ。彼は後年になってもこの見解を保持した。
ソクラテス*3は、倫理的な事柄について考察し、自然全体については考察しなかった。しかし彼は、これらの倫理的な事柄のうちに普遍的なものを探求し、定義について思考を集中させた最初の人物であった。プラトンはこのソクラテスの営みを受け継いだが、次のような事情から、その営みが感覚されるものにではなく、別の種類のものに適用されるべきであると考えるに至った。すなわち、感覚されるものはすべて絶えず変化しているので、それらについて共通の定義が成り立つはずはないと考えたからである。彼はこの種の存在するものを「イデア」と呼び、感覚されるものはすべてこれらのイデアとは別に、イデアに従って名指されると考えた。形相と同じ名をもつ多くのものは、形相への分有によって存在する、というのがプラトンの考えであった。
「分有」という語についてであるが、これは名を変えただけのことにすぎない。ピュタゴラス派は、存在するものが数の模倣によって存在すると言い、プラトンは名を変えて分有によって存在すると言ったのである。しかし、形相への分有や模倣が何であるかについては、両者ともに共通に探求することを怠った。
さらにプラトンは、感覚されるものと形相のほかに、数学的な対象がそれらの中間にあると言う。数学的な対象は、永遠であり不動であるという点で感覚されるものと異なり、多くの類似したものが存在するという点で、それぞれがただ一つしか存在しない形相と異なる。
さて、形相は他のもろもろのものの原因であるから、形相を構成する元素は、存在するもの全体を構成する元素であるとプラトンは考えた。質料としては、大と小が形相の元素であり、実体としては一が形相の元素である。大と小から、一への分有によって、数が成り立つからである。
一を実体であると語り、他の何かに属する何かとして一を語らない点では、プラトンはピュタゴラス派と一致する。数が他のものにとってその実体の原因であるとする点でも、両者は一致する。しかし、無限定なものを一つのものとして立てる代わりに二を立て、無限定なものを大と小から成るとした点は、プラトンに固有のものである。さらに、プラトンは数を感覚されるものとは別に立てるのに対し、ピュタゴラス派は事物そのものが数であると言い、数学的対象をこれらの中間に置かない。
一と数とを事物から離れたものとして立て、ピュタゴラス派のようにしなかった点と、形相を導入した点とは、言論における考察に基づくものであった。というのも、以前の人々は弁証術に与っていなかったからである。また、もう一方の本性、すなわち無限定なものを二として立てた点は、数が、最初のものを除けば、この二からいわば鋳型から生じるように自然にたやすく生成するからであった。しかし、実際に生じる事態はこれとは逆である。このような考え方は理にかなっていないからである。というのも、質料の側からは多くのものが生じるが、形相はただ一度だけ生み出すにすぎないからである。一つの質料からは一つの机しか生じないように見えるが、これに形相を与える者は、ただ一人でありながら、多くの机を作ることができる。雄と雌の関係についても、事情は同様である。雌は一度の交わりによって孕むが、雄は多くの雌を孕ませることができるのである。しかも、これらの事例こそが、かの原理の似姿にほかならないのである。
以上のように、プラトンは、我々が探求している事柄について、このように規定したのである。以上述べたことから明らかなように、プラトンは、二つの原因のみを用いている。すなわち、「それが何であるか」の原因と、質料についての原因である。形相は、他のものにとって「それが何であるか」の原因であり、一は形相にとっての原因だからである。そして、感覚されるものについては形相が、形相については一が、それについて語られる基体としての質料が何であるかといえば、これは大と小という二であるとされる。さらに彼は、善くあることと悪くあることの原因を、この二つの元素のそれぞれに、それぞれ割り当てた。これは、以前の哲学者たちのうちの何人か、たとえばエンペドクレスやアナクサゴラスも探求しようとしたことであると、我々はすでに述べたとおりである。
*1 プラトン(前五世紀末〜前四世紀)。ソクラテスの弟子で、アカデメイアの創設者。アリストテレスは若き日にこのアカデメイアで約二十年を過ごした。
*2 クラテュロス(前五世紀)。ヘラクレイトスの流転説を極端に推し進めたとされる哲学者。プラトンの対話篇『クラテュロス』にその名を残す。
*3 ソクラテス(前五世紀)。プラトンの師。著作を残さず、対話を通じて定義を探求したことで知られる。
位置づけ:第三章から第六章までの学説誌をいったん締めくくる、中間的な総括の章である。
概要:これまで検討してきた先行する哲学者たち(プラトン、ピュタゴラス派、エンペドクレス、アナクサゴラスら)が、四原因(質料・動因・形相・目的)のうちのどれについて語り、どれについて語らなかったかを一つずつ確認し、いずれの哲学者も四原因のすべてを明晰には捉えていなかったことを示す。末尾では、以後の各章で個々の学説の難点を検討していくことを予告する。
以上、原理と真理について、いかなる人々が、いかなる仕方でこれを語ってきたかを、簡潔に、要点をまとめる仕方で辿ってきた。それでも、彼らから、少なくともこれだけのことを我々は得ている。すなわち、原理と原因について語った人々のうち、我々が自然学の書物において区別した原因の外に出て語った者は誰もいなかったということである。むしろ、すべての人々が、ぼんやりとした仕方ではあるが、いずれかの原因に何らかの形で触れているように見える。ある者は、原理を質料として語る。それを一つと想定するにせよ、複数と想定するにせよ、またそれを物体として立てるにせよ、非物体的なものとして立てるにせよ、同様である。たとえば、プラトンは大と小を、イタリア学派すなわちピュタゴラス派は無限定なものを、エンペドクレスは火と土と水と空気を、アナクサゴラスは同質部分体の無限性を語った。これらの人々は皆、この種の原因に触れているのであり、さらに、空気や火や水を、あるいは火よりも濃く空気よりも希薄な何かを原理とする人々も、同様である。現に、ある人々は、このようなものこそが第一の元素であると語ったのである。
以上の人々は、この原因のみに触れたのであるが、これに対し別の或る人々は、運動がそこから始まる源としての原因に触れた。たとえば、愛と争い、あるいは知性、あるいはエロースを原理とする人々がそれである。しかし、本質と実体については、誰一人として明晰に説明していない。これにもっとも近づいて語ったのは、形相を立てた人々である。というのも、彼らは、形相を感覚されるものにとっての質料として、一を形相にとっての質料として捉えているのでもなければ、運動の原理がこれらから生じると考えているのでもない。むしろ、これらは不動性の原因であり、静止した状態にあることの原因であると彼らは言う。そうではなく、彼らは、他のそれぞれのものの本質として形相を、そして形相にとってのそれとして一を提供しているのである。また、行為や変化や運動がそのために生じるところの原因、すなわち目的因についても、ある意味では彼らはこれを原因として語ってはいるが、しかし、この原因が本来そうあるべき仕方で語られているわけではない。というのも、知性あるいは愛を語る人々は、これらの原因を善きものとして立てはするが、存在するもののいずれかが、これらのもののために存在し生成するとは言わず、これらのものから運動が生じると語るにすぎないからである。同様に、一あるいは存在をこの種の本性であると主張する人々も、これが実体の原因であるとは言うが、これのために何かが存在したり生成したりするとは言わない。したがって、彼らにおいては、善を原因として語っていると同時に、語っていないということにもなる。というのも、彼らは、端的にではなく、付帯的な仕方でこれを語っているにすぎないからである。
したがって、原因について、その数と種類がいかなるものであるかを、我々が正しく規定したということは、これらの人々すべてが、これ以外の原因に触れることができなかったという事実によって、いわば我々に証言しているように思われる。さらに、諸原理は、このようにしてすべてが探求されるべきであるか、あるいはこれに類する何らかの仕方で探求されるべきであるかということも、これによって明らかである。これらの人々のそれぞれが、諸原理についていかに語り、それがどのような状態にあるかについては、この後、それらをめぐって生じうる困難を通じて論じることとしよう。
位置づけ:第七章の総括を踏まえ、質料の原理を単一の物体あるいは複数の物体とした人々、無限に多くの元素を立てたアナクサゴラス、そして数を万物の原理としたピュタゴラス派を、個別に批判的に検討する章である。
概要:単一の元素を立てる立場が元素どうしの生成順序を説明できないこと、エンペドクレスの四元素説やアナクサゴラスの説にもなお難点が残ること、そしてピュタゴラス派の数の理論が、天体の運動や重さを説明できず、数学的対象としての数と感覚されるものを構成する数との関係も不明確であることを指摘する。末尾では、この点に関するプラトンの立場との相違にも触れる。
宇宙全体を一つのものとし、質料として何らかの単一の本性を、しかも物体的で大きさをもつものを立てる人々は、多くの点で誤っていることが明らかである。というのも、彼らは物体の元素のみを立て、非物体的なものの元素を立てていないが、非物体的なものも存在するからである。また、生成と消滅について原因を語ろうと試み、万物について自然学的に論じながらも、運動の原因を取り去ってしまっている。さらに彼らは、実体をいかなるものの原因としても、また「それが何であるか」の原因としても立てておらず、そのうえ、単純な物体のうち土を除けばどれでも安易に原理として語り、火・水・土・空気がどのようにして互いから生成するのかを考察していない。あるものは結合によって、あるものは分離によって互いから生成するが、このことは、どちらが先でどちらが後であるかということにとって、きわめて大きな違いをもたらす。
というのは、結合によって最初にそこから他のものが生成する当のものこそが、あらゆるもののうちでもっとも元素的であると思われるだろうからである。そして、そのようなものとは、もろもろの物体のうちでもっとも微細な部分から成り、もっとも希薄なものであるだろう。それゆえ、火を原理として立てる人々は、この説にもっともよく合致した仕方で語っていることになるだろう。そして、他の人々もそれぞれ、物体の元素をこれと同じような性質のものと認めている。現に、単一の元素を語る人々のうちで、土を元素とみなした者は誰もいないが、これは明らかに、土の部分が粗大であることによる。他の三つの元素については、それぞれに支持者がいる。すなわち、ある者は火を、ある者は水を、ある者は空気を、この元素であると言うのである。だが、多くの人々がそうするように、なぜ彼らは土をも元素として語らないのであろうか。世の多くの人々は、万物は土であると言い、ヘシオドスもまた、土がもろもろの物体のうちで最初に生じたと語っている。このように、この考えは古くからの、民衆に広く行き渡ったものなのである。したがって、この説に従うならば、火以外のものをこの元素であると言う者も、あるいは空気よりも濃く水よりも希薄な何かをこの元素として立てる者も、いずれも正しく語っていないことになるだろう。しかし、もし生成において後なるものが本性において先なるものであり、こなれて濃縮されたものが生成において後なるものであるとすれば、これとはまったく逆になるはずであり、水は空気よりも先であり、土は水よりも先であることになる。
我々が述べたような、単一の原因を立てる人々については、以上を述べたこととしよう。同じことは、たとえばエンペドクレスのように、これらの物体を複数、すなわち四つの質料であると語る者についても言える。彼にも、他の人々と同じ難点と、彼に固有の難点とが、必然的に生じるからである。というのも、我々は、火や土という同一の物体が常に存続するのではなく、互いから生成することを見て取るからである。これらのことについては、自然学の書物ですでに論じた。また、運動するものの原因について、これを一つと立てるべきか二つと立てるべきかという点についても、彼の説明が正しく理にかなった仕方で十分に語られているとは考えられない。そもそも、このように語る人々にとっては、質的変化そのものが成り立たなくなってしまう。熱いものから冷たいものが生じることも、冷たいものから熱いものが生じることもなくなるからである。というのも、何かがこれらの対立するもの自体を被るのでなければならず、また、火にも水にもなる何らかの一つの本性がなければならないことになるが、エンペドクレスはそうは言っていないからである。
アナクサゴラスが二つの元素を語ったと誰かが解するならば、それはもっとも理にかなった解釈であろう。この説をアナクサゴラス自身は明確に述べなかったが、彼を導く者たちは必然的にこの説に従うことになったであろう。すなわち、そもそもすべてのものが根源において混合していたと主張すること自体が不合理である。というのも、混合されていないものがあらかじめ存在していなければならないことになるし、任意のものが任意のものと混合するのは本性に反するからである。さらに、様態や付帯性が実体から分離されてしまうことになる。混合と分離は同じものについて成り立つからである。とはいえ、誰かが彼の言おうとしていることを丁寧に整理しながら辿るならば、彼はおそらく、いっそう新しみのある仕方で語っているように見えるであろう。というのも、いまだ何も分離されていなかったとき、当の実体について真であることを何一つ語りえなかったことは明らかだからである。つまり、それは白くもなく黒くも灰色でもなく、他のいかなる色でもなく、必然的に無色であったということである。もし色をもっていたなら、それはこれらの色のいずれかをもっていたはずだからである。同じ理屈により、それは味をも欠いていたのであり、これに類する他のいかなる性質も欠いていたのである。というのも、それは、いかなる性質のものでも、いかなる分量のものでも、いかなる何かでもありえなかったからである。もしそうであれば、部分的なものとして語られる形相のうちの何かをもつことになるはずだが、万物が混合されていた以上、これは不可能である。もしそうした形相をもっていたなら、すでに分離が生じていたことになってしまうからである。アナクサゴラスは、知性を除いて万物が混合していたと言い、知性だけは混合されず純粋であるとする。以上のことから、彼が原理として語っているのは、一なるもの、すなわち単純で混合されないものと、もう一方のもの、すなわち我々が限定される以前、何らかの形相に与る以前のものとして立てる無限定なものである、ということになる。したがって、彼の語り方は、正しくも明晰でもないが、それでも、後の論者たちが語ったことや、今日明らかになっていることに近い何かを、彼は言おうとしているのである。
しかし、これらの人々は、もっぱら生成と消滅と運動に関する議論にのみふさわしい人々である。彼らは、ほぼこの種の実体についてのみ、その原理と原因を探求しているからである。これに対し、存在するもの全体について考察を行い、存在するもののうち感覚されるものと感覚されないものとの両方を立てる人々は、明らかに、双方の類について検討しているのである。それゆえ、いま我々に課せられている考察にとって、彼らが何を適切に語り、何を適切に語っていないかについて、いっそう立ち入って検討する価値がある。
いわゆるピュタゴラス派は、自然学者たちよりも風変わりな原理や元素を用いている。その理由は、彼らがこれらの原理を感覚されるものから得たのではないことにある。数学の対象は、天文学に関わるものを除けば、運動を欠いた存在するものだからである。とはいえ、彼らの議論と探求のすべては自然についてのものである。彼らは天を生成させ、天の諸部分や諸様態や諸作用について実際に起こることを注意深く観察し、原理と原因をこれらの説明のために用い尽くしているからである。この点で彼らは、存在するものとは、感覚されるものであり、いわゆる天が包含する範囲のものにほかならないという点で、他の自然学者たちと見解を一にしているのである。ただし、すでに述べたとおり、彼らの語る原因と原理は、自然についての議論に適合する以上に、存在するもののうちのより高次のものにまで及びうるものであると彼らは言う。しかし、限定と無限定、奇数と偶数のみが基体として立てられている場合に、運動がどのようにして生じるのかについては、彼らは何も語っていない。また、運動と変化なしに、生成と消滅、あるいは天における運行する天体の働きが、いかにして可能であるのかについても語っていない。さらに、これらの原理から大きさが生じることを、誰かが彼らに認めるにせよ、あるいはそれが論証されるにせよ、いずれにしても、物体のうちであるものが軽く、あるものが重さをもつことになるのは、いかなる仕方によってであろうか。彼らが前提し語っている事柄からは、数学的な物体について語っているのか、感覚される物体について語っているのか、判別することができない。それゆえ、彼らは、火や土やこれに類する物体について何一つ語っていないのであるが、それは、感覚されるものに固有の事柄について、彼らが実のところ何も語っていないからであろうと私は思う。さらに、数の諸様態や数そのものが、天にあって存在し生成するもろもろのものの、太初から今に至るまでの原因であるとどのように理解すべきなのか、また、宇宙がそこから成り立っているこの数のほかに、別の数がまったく存在しないとどのように理解すべきなのか。というのも、彼らにおいて、ある部分には臆見と好機があり、そこから少し上あるいは下には不正と裁定あるいは混合があるとされ、そしてこれらのそれぞれが数であるということが、論証として語られる一方で、これらの様態がそれぞれの場所に伴うために、この場所についてはすでに、そこに成り立つ大きさの数の多さが生じることになるからである。そこで問題となるのは、天にあるこの数が、これらの様態のそれぞれがそれであると理解すべき数と同一の数であるのか、それとも、これとは別の数であるのか、という点である。プラトンはこれを別のものであると言う。もっとも、プラトンもまた、これらのものもその原因も数であると考えている点では同じであるが、彼の場合、原因となる数は思惟されるものであり、これらのもの自体は感覚されるものであるとする点が異なっている。
位置づけ:第一巻の学説誌の中でもっとも長く、もっとも詳細な批判が展開される章であり、プラトンのイデア論に対する本格的な検討にあたる。師プラトンへの敬意(第六章)から一転して、その学説の難点を体系的に洗い出す。
概要:イデアを立てる論拠そのものの不備、イデアが感覚されるものの生成・運動・認識のいずれの説明にも役立たないこと、「第三の人間」の困難、イデア数における単位の同種・異種をめぐる難点、大と小という質料的原理が抱える問題、そして「万物についての学知」がそもそも成り立ちうるかという認識論的な困難までを、順を追って論じる。
ピュタゴラス派については、いまはこれで措くこととしよう。彼らについてはこの程度に触れておけば十分だからである。これに対し、イデアを原因として立てる人々は、まず、これらの存在するものの原因を捉えようとして、これらと数において等しい別のものを持ち込んでしまっている。それはあたかも、数えようとする者が、少ない数のものでは数えられないと考え、かえって数を増やしてから数えるようなものである。その原因を求めてこれらのものからかの形相へと進んでいった、まさにその探求対象と、形相の数とは、ほぼ等しいか、それ以上でさえあるからである。個々の実体それぞれについて、実体とは別に、これと同名の何かが存在するとされ、さらに実体以外の事物についても、多くのものの上に一なるものが存在するとされる。これは、ここにあるもの、すなわち感覚されるものについても、永遠なるものについても、同様である。
さらに、我々が形相の存在を論証しようとするどの仕方をとっても、そのいずれによっても、これが論証されるようには見えない。ある論拠からは推論が必然的に成り立つわけではなく、また別の論拠からは、我々が形相があると考えてもいないものについてまで、形相が成り立ってしまうことになるからである。というのも、もろもろの学知に基づく論拠に従うならば、学知が成り立つすべてのものについて形相が存在することになってしまう。また、多くのものの上に一なるものがあるという論拠に従うならば、否定辞についてさえ形相が成り立つことになる。そして、消滅したものについても、それが消滅した後になお何かを思念しうるという論拠に従うならば、消滅するものについてさえ形相が成り立つことになる。消滅したものについても、なお何らかの表象が残るからである。さらに、より厳密な論拠のうちには、我々がそれ自体としての類が成り立つとは言わない関係的なものについてまで、イデアを立ててしまうものもあり、また別の論拠は、いわゆる「第三の人間」を招いてしまう。そして総じて、形相についてのこれらの議論は、イデアが存在するということ以上に我々が存在してほしいと望んでいる事柄そのものを、覆してしまう。というのも、その結果、第一のものは二ではなく数一般であることになり、それ自体としてのものより関係的なものが先立つことになり、そのほか、イデアについての諸見解に従った人々が、みずからの諸原理に反することになった事柄が、数多く生じてしまうからである。
さらに、我々がイデアが存在すると考えるその想定に従うならば、実体についてだけでなく、他の多くのものについても形相が存在することになる。概念上の一なるものは、実体についてだけでなく他のものについても成り立ち、学知もまた実体についてだけでなく他のものについても成り立つのであり、このほかにも同様の事態が無数に生じるからである。他方、論理的な必然性と、形相についての諸見解とに従うならば、形相が分有されうるものである以上、イデアは実体についてのみ存在することが必然的である。というのも、これらは付帯的な仕方で分有されるのではなく、それぞれのものが、基体について語られない仕方において分有されなければならないからである。たとえば、あるものが二倍そのものを分有するならば、それは永遠なるものをも分有することになるが、これは付帯的な仕方によるのである。二倍であるものが永遠であるということは、付帯的に成り立つにすぎないからである。したがって、形相は実体であることになる。そして、ここでの実体は、かしこ、すなわち形相の領域における実体と同じことを意味するはずである。そうでなければ、これらとは別に、多くのものの上にある一なるものが存在するとは、いったい何を意味することになるのであろうか。
もし、イデアと、これに分有するものとが同じ形相を共有するとすれば、両者に共通する何かが存在することになる。というのも、「二」が、消滅する個々の二においても、数多くありながら永遠である二においても一つであり同一であるならば、なぜそれが、二そのものと或る個々の二とにおいてよりも、いっそうそうであることになろうか。しかし、もし同じ形相でないとすれば、両者は同名異義であることになり、それはちょうど、カリアスと材木とのあいだに何の共通性も見出さないまま、両方を「人間」と呼ぶようなものであろう。とりわけ、形相が、永遠な感覚されるものに対しても、生成し消滅するものに対しても、いったいどのような貢献をなすのかということについて、もっとも大きな困難を覚えるであろう。形相は、これらにとって、いかなる運動の原因にも、いかなる変化の原因にもならないからである。そのうえ、形相は、他のものについての学知にも何ら役立たない。というのも、形相はこれらの他のものの実体ではないからである。もしそうであれば、形相はこれらのもののうちに内在していたはずである。また、これに分有するもののうちに内在していない以上、形相はその存在にとっても役立たない。もし形相が内在していたなら、白いものに混じった白さのように、原因であると思われたかもしれない。しかし、この説はきわめて崩れやすいものであり、これを最初に語ったのはアナクサゴラスであり、後にエウドクソス*1や他の何人かの論者もこれを語った。この見解に対しては、不可能な帰結を数多く容易に示すことができる。そのうえ、他のものが形相から成り立つということも、通常語られるいかなる仕方によっても成り立たない。形相が原型であり、他のものがこれに分有すると言うことは、空虚な言葉を語ることであり、詩的な比喩を語ることにほかならない。というのも、イデアを見つめながら制作するものとは、いったい何であろうか。何であれ、かのイデアに似せられることなく、これに似たものとして存在し生成することも可能である。したがって、ソクラテスが存在していようといまいと、ソクラテスのような人物が生じることもありうる。同様に、ソクラテスが永遠に存在していたとしても、事情は変わらないことも明らかである。また、同一のものについて複数の原型が、したがって複数の形相が存在することにもなる。たとえば人間については、動物であることと二足であることとが同時に原型となり、さらに自体人間もまた原型となる。さらに、形相は感覚されるものの原型であるだけでなく、形相自体の原型でもあることになる。たとえば類は、諸々の種としての形相の類として、その原型である。したがって、同じものが原型であると同時に似姿でもあることになる。
さらに、実体と、その実体であるものとが、離れて存在することは不可能であると思われるであろう。そうであれば、事物の実体であるはずのイデアが、事物から離れて存在するということが、どうしてありえようか。『パイドン』では、形相が存在の原因であると同時に生成の原因でもあると語られている。しかし、形相が存在していても、これを動かすものがなければ、分有するものは生成しない。また、家や指輪のように、我々がその形相が存在するとは言わない、他の多くのものも生成する。したがって、他のものもまた、いま述べたのと同様の原因によって存在し生成することが可能であることは明らかである。
さらに、もし形相が数であるとすれば、それはどのようにして原因となるのであろうか。存在するものが、これとは別の数であるからであろうか。たとえば、この数は人間であり、この数はソクラテスであり、この数はカリアスであるというように。だとすれば、かの数は、これらの数にとって、いったいどのような原因であるのだろうか。一方が永遠であり他方がそうでないとしても、何の違いも生じないであろう。もし、ここにある事物が数の比であるからだとすれば、たとえば音の調和がそうであるように、これらの比がそれについて成り立つ何か一つのものが存在することは明らかである。そして、もしこの何かが質料であるとすれば、数そのものもまた、或るものと或るものとの比にほかならないことになるのは明らかである。つまり、もしカリアスが火と土と水と空気の、数による比であるとすれば、イデアもまた、他の何らかの基体の数であることになる。自体人間もまた、それが何らかの数であろうとなかろうと、いずれにせよ、何らかの数のあいだの比であって数そのものではないことになり、この理由によって、いかなる意味でも数であることにはならない。さらに、多くの数から一つの数が生じるが、多くの形相から一つの形相が生じるとは、いったいどのようにしてであろうか。もし、その一つの形相が形相そのものから生じるのではなく、数のうちにある単位から生じるのだとすれば、たとえば一万という数のうちにある単位は、いったいどのような状態にあるのであろうか。もし単位が同種であるとすれば、多くの不合理な帰結が生じるであろうし、もし同種でないとすれば、同じ数の単位どうしも、異なる数の単位どうしも、互いに同種ではないことになる。というのも、何の性質も受けつけない単位どうしが、いったい何によって異なるというのであろうか。これらのことは、理にかなってもいなければ、思考と一致してもいない。さらに、算術の対象となる、これとは別の種類の数を必然的に立てなければならなくなり、ある人々の言う、いわゆる中間的な対象すべてについても、これがいかなる仕方で、いかなる原理から成り立つのかが問題になる。あるいは、なぜそれが、ここにあるものと形相そのものとの中間に存在することになるのか。
さらに、二のうちにある二つの単位は、それぞれ何らかのより先なる二から生じることになるが、これは不可能である。さらに、まとめられた数がなぜ一つのものであるのか。さらに、すでに述べたことに加えて、もし単位が互いに異なるとすれば、元素を四つ、あるいは二つと語る人々と同じような仕方で語るべきであった。というのも、これらの論者それぞれは、共通の元素、たとえば「物体」というものを語るのではなく、火や土を語るからである。物体という共通のものが存在するかどうかにかかわらず、彼らはそう語るのである。しかし今の場合、一は、あたかも火や水のような均質な部分から成るものであるかのように語られている。しかし、もしそうであるならば、数は実体ではないことになる。むしろ、もし一そのものが存在し、これが原理であるとすれば、「一」という語は複数の意味で語られていることは明らかである。そうでなければ、これは不可能だからである。
実体を諸原理に還元しようとするにあたって、我々は、線の長さを短さと長さから、すなわち何らかの小と大から成るものとして立てる。また、平面を広さと狭さから、立体を深さと浅さから成るものとして立てる。しかし、そうであれば、平面が線をもち、立体が線と平面をもつということが、いかにして成り立つのであろうか。広さと狭さ、深さと浅さとは、それぞれ別の類だからである。したがって、多と少とはこれらとは別のものであるから、これらのうちに数が内在しないのと同様に、より上位のものが、より下位のもののうちに内在することも、いずれもありえないことは明らかである。そのうえ、広さは深さの類でもない。もしそうであれば、立体は一種の平面であることになってしまうからである。さらに、点はいったい何から内在的に成り立つのであろうか。プラトンは、点というこの類を、幾何学的な独断であるとして退け、これに代えて、しばしば「不可分な線」というものを線の原理と呼んだ。しかし、これらの線にも何らかの限りが必然的になければならない。したがって、線が存在することを示すのと同じ論拠によって、点もまた存在することになる。
総じて、知恵が明らかな事物についての原因を探求するものである以上、この点について、我々は捨て置いてしまっている。というのも、変化がそこから始まる源としての原因については、我々は何も語っていないからである。また、これらの事物の実体を語っていると考えながらも、我々はこれとは別の実体が存在すると言うにとどまり、かの実体がいかにしてこれらの事物の実体であるのかについては、空虚に語っているにすぎない。「分有する」ということは、すでに述べたとおり、何も意味しないからである。また、もろもろの学知において原因であると我々が見て取るもの、すなわち、そのためにあらゆる知性とあらゆる自然が働くところのもの、我々が諸原理の一つであると言うこの原因にも、形相は少しも触れていない。むしろ、今日の人々にとっては、数学が哲学そのものになってしまっている。もっとも彼らは、数学を他の目的のために探求すべきであると言いはするのだが。
さらに、基体となる実体を質料として捉えるならば、むしろこれをいっそう数学的なものとみなし、大と小のようなものは、質料そのものというよりも、実体について述語づけられるものであり、実体と質料の差異であると考えるべきであろう。それはちょうど、自然学者たちが希薄と濃密について、これらを基体の第一の差異であると語るのと同様である。というのも、これらは一種の超過と不足にほかならないからである。また運動については、もし大と小がすなわち運動であるとすれば、形相もまた運動することになるであろうし、もしそうでないとすれば、運動はいったいどこから来たのかということになる。自然についての考察そのものが、すべて取り去られてしまうことになるからである。また、容易であると思われている「万物が一である」ことの論証も、実際には成り立たない。というのも、たとえすべてを認めたとしても、取り出しによって成り立つのは、万物が一であるということではなく、それ自体としての或る一が存在するということにすぎないからである。しかも、普遍的なものが類であることを認めなければ、これさえも成り立たない。そして、これを認めることは、いくつかの場合には不可能である。また、数の後に位置づけられる線・平面・立体についても、それらがいかにして存在するのか、あるいは存在するようになるのか、そしてどのような力をもつのかについて、いかなる理にかなった説明もない。これらは、数ではない以上、形相でもありえず、また数学的対象であるはずの中間的なものでもなく、さらに消滅するものでもない。むしろ、これらは再び、別の第四の類であるように思われる。
総じて、「存在する」という語が多くの意味で語られる以上、これを区別しないまま、存在するものの元素を探求することは、見出すことが不可能である。まして、いかなる種類の元素から成るかという、この仕方で探求するならなおさらである。というのも、「能動すること」や「受動すること」や「直であること」が何から成るかを捉えることは、およそできないのであり、たとえできるとしても、それは実体についてのみ可能だからである。したがって、存在するものすべての元素を探求すること、あるいはこれをすでに把握していると考えることは、真ではない。そもそも、万物の元素を、いったいどのようにして学びうるのであろうか。何かをあらかじめ知っていたうえで、それを学ぶということは、この場合ありえないことは明らかである。というのも、幾何学を学ぼうとする者は、他の事柄をあらかじめ知っていることはありうるが、これから学ぼうとする、まさにその学知の対象については、あらかじめ何も知らないからである。他の事柄についても同様である。したがって、もし或る人々の言うような、万物についての学知が存在するとすれば、これを学ぶ者は、あらかじめ何も知らないままそれに臨むことになるであろう。しかし、あらゆる学びは、すべてであれ一部であれ、あらかじめ知られている事柄を通じて成り立つものであり、これは論証による学びについても、定義による学びについても同様である。というのも、定義がそこから成り立つ諸要素は、あらかじめ知られており、既知のものでなければならないからである。帰納による学びについても、事情は同様である。そのうえ、もしこの学知がたまたま生まれながらに我々に備わっているのだとすれば、もろもろの学知のうちでもっとも優れたこの学知を、我々が気づかずに持ち続けているということは、驚くべきことであろう。さらに、いったいどのようにして、それが何から成るかを知ることができ、またどのようにしてこれが明らかになるのであろうか。この点についても困難がある。ちょうどいくつかの音節について論争が生じるのと同じように、これについても論争が生じうるであろう。ある人々は、「ザ」という音節はσとδとαから成ると言い、また別の人々は、これは既知のいかなる音とも異なる、別の一つの音であると言う。さらに、感覚の対象となる事柄を、その感覚をもたない者は、いったいどのようにして知りうるのであろうか。しかし、もし複合された音声がそれぞれに固有の字母から成るように、あらゆるものが同一の元素から成るのだとすれば、それは知られうるはずである。
*1 クニドスのエウドクソス(前四世紀)。数学者・天文学者。プラトンのアカデメイアと交流があり、同心天球による天体運動の理論でも知られる。
位置づけ:第一巻全体を締めくくる短い章であり、第三章から第九章までの学説誌全体を総括する部分である。
概要:これまで検討してきたすべての先行する哲学者が、四原因のいずれかに触れながらも、そのいずれをも明晰には捉えられなかったことを、エンペドクレスが「骨」を比(ロゴス)として語った例を通じて示し、この探求全体がいまだ言葉に不慣れな子供の口ごもりのような未熟な段階にあることを確認する。末尾では、残された困難を後に改めて検討することを予告し、後続の巻(いわゆる「小文字アルファ」の第二巻、そして第三巻)へと議論を橋渡しする。
以上に述べてきたことから、すべての人が、我々が自然学の書物において語ったこれらの原因を探求しているように見え、これら以外の原因を我々が挙げることはできないということが明らかである。ただし、それはぼんやりとした仕方によるものであり、ある意味ではこれらすべてがすでに以前の人々によって語られていたとも言えるが、また別の意味では、いかなる仕方によってもまったく語られていなかったとも言える。というのも、最初期の哲学は、いまだ若く、始まったばかりのものとして、あらゆる事柄について、いわば口ごもりながら語っているように見えるからである。
現に、エンペドクレスでさえ、骨は比によって成り立つと言っているが、これはまさに、その事物の本質、すなわち実体にほかならない。しかし、それと同様に、肉も、他のそれぞれのものも、比でなければならないはずであり、そうでなければ、そのいずれも比ではないことになるはずである。というのも、肉や骨や他のそれぞれのものが成り立つのは、この比によるのであって、彼の言う質料、すなわち火・土・水・空気によるのではないからである。しかし、もし他の誰かがこのことを語ったならば、エンペドクレスは必然的にこれに同意したであろうが、彼自身はこれを明晰には語らなかった。
以上の点については、すでに以前にも明らかにした。これらと同じ事柄について生じうる困難については、改めて立ち返ることとしよう。というのも、これらの困難から、おそらく、後に検討すべき諸々の難点に対する何らかの手がかりを得ることができるであろうからである。
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さらに詳しく知りたい方へ
物の定義史から『形而上学』を知る → タイムライン
形而上学(全十四巻)
発行責任者(訳者):飯島健二
発行:古典書房
制作協力:Claude(claude-sonnet-5、claude-opus-5-5)
参照原典:ギリシャ語原典『Aristotle's Metaphysics』(W. D. Ross編, Oxford: Clarendon Press, 1924年, Oxford Classical Texts)
初版発行日:2026年9月24日
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