方法序説

ルネ・デカルト 著

この本について

本HTMLは、ルネ・デカルト(René Descartes)が1637年に刊行した『方法序説』(原題:Discours de la méthode pour bien conduire sa raison, et chercher la verité dans les sciences、正しくは『理性を正しく導き、諸学問における真理を探究するための方法の話』)の現代日本語訳である。原典はフランス語で書かれており、当時の学術書の慣例であったラテン語ではなく俗語(フランス語)で書かれた点に、より広い読者に語りかけようとする著者の意図が表れている。

底本には、原著初版(1637年、ライデン、Jan Maireより匿名で刊行)の原文(当時の正書法を保持したもの)を用いた。

本書は現代語訳のみを掲載し、直訳との切替は行わない(散文の哲学書であり、3章「直訳併記ルール」の適用対象外である)。

画面右下の「i」ボタンを押すと、明るさ調整・なぞり線・底本頁・解説の各切り替えをまとめて行える操作パネルが開く。閉じるには「✕」を押す。

解説・概説・用語集は、一般に流通している知見にもとづく参考情報であり、逐一の出典確認・査読を経たものではない。本文の理解を助ける参考としてお使いいただきたい。

哲学原典を読む / 古典書房

概説

1. 『方法序説』以前の哲学

17世紀前半のヨーロッパの大学では、依然としてアリストテレス由来のスコラ哲学が支配的であった。自然学は目的論的な性質概念(「重いものは自然の場所である下方へ向かおうとする」等)にもとづき説明され、論証はもっぱら三段論法とテキスト注釈の伝統のなかで行われていた。一方で、モンテーニュに代表される懐疑主義的な精神潮流や、ルネサンス期の人文主義がもたらした古典文献学・多様な文化の紹介は、単一の権威的な学説体系への信頼を掘り崩しつつあった。デカルト自身、イエズス会系の名門校ラ・フレーシュ学院で当代最高水準のスコラ教育を受けたが、学業を終えた時点でかえって「疑いと誤りに行き詰まった」と告白しており、この個人的な知的危機が本書の出発点になっている。

2. 『方法序説』の哲学の革新

デカルトの革新は、第一に、権威や書物によらず、各人に生まれつき等しく備わる「良識(理性)」を正しく用いる手続きとしての「方法」を提示した点にある。第二部で示される4つの規則(明証性の規則、分割の規則、順序の規則、枚挙の規則)は、幾何学的な確実性の手続きを、あらゆる学問一般に拡張しようとする試みであった。第二に、あらゆる意見をいったん疑いうるものとして退けたうえで、疑いえない第一の確実性として「私は考える、ゆえに私はある(je pense, donc je suis)」を見出す手順(後の『省察』で徹底されるが、その原型は本書で示される)を提案し、認識論の出発点を神や自然ではなく思考する主観に据えた。第三に、身体を含む自然界全体を、目的論的性質にではなく機械的な因果関係(形と運動)によって説明しようとする自然学の構想を示し、動物機械論を提唱した。さらに、それまでラテン語で書かれるのが通例であった学術書を、あえて俗語であるフランス語で著すという選択自体が、真理を専門家の共同体から一般の理性ある読者へと開放しようとする、方法の精神と一致した実践であった。

3. 『方法序説』以後の哲学

デカルトが確立した、疑いえない明証的な観念から出発する演繹的な方法は、スピノザ・ライプニッツら大陸合理論の系譜に直接受け継がれ、「明晰かつ判明な観念」を真理の基準とする発想は近代認識論全体の共通の出発点となった。心身二元論と機械論的自然観は、その後の科学革命を支える存在論的枠組みを提供する一方、心身問題という難問を残し、スピノザの一元論やライプニッツの予定調和説など、後続の体系はいずれもこの困難への応答という側面をもつ。18世紀の啓蒙思想における「理性の自律」という理念も、権威によらず自分自身の理性を用いよというデカルトの姿勢に一つの起源を持つ。他方、ロック・ヒュームらイギリス経験論は、生得観念を否定し経験を知識の唯一の源泉とすることで、デカルト的合理論に正面から対抗した。20世紀に入ってからも、フッサールは現象学的還元の方法を「デカルト的省察」と呼び、疑いえない確実性から出発するという企図そのものを引き継ぎつつ独自の展開を遂げた。今日でもなお、「方法」という観念そのもの、主観の第一人称的な確実性、心身関係の問題は、哲学の中心的な論点であり続けている。

本書における重要な用語

以下、()内は原則としてフランス語原語。

良識bon sens
正しく判断し、真と偽とを区別する能力。デカルトはこれを「理性」と同一視し、あらゆる人間に生まれつき等しく備わっているとする。本書全体の議論の出発点となる語。
自然の光lumière naturelle
学習や啓示によらず、人間の理性そのものに生まれつき備わっている認識の能力。習慣や実例による思い込みが、この光を曇らせるとされる。
明晰かつ判明clair et distinct
精神にありありと、疑う余地なく現れており、他の何ものとも混同されずに現れている状態を指す。第二部の方法の規則、第四部の真理の基準の両方の核をなす、デカルトの思考の柱となる術語。
動物精気esprits animaux
血液のうちもっとも精妙で活発な部分から生じるとされた、当時の生理学上の仮説的な物質。心臓から脳へと上り、そこから神経を通って筋肉に配分されることで、身体の運動を引き起こすとされる。

目次

原典構造一覧

底本の見出しは各部とも下記のみで、副題は付されていない。

この論考は一度にすべて読むには長すぎると思われるかもしれないので、六部に分けることができる。第一部は、学問についてのさまざまな考察が、第二部は、著者が探求した方法の主要な規則が、第三部は、この方法から引き出された道徳のいくつかの規則が、第四部は、著者が神と人間の魂の存在を証明する理由、すなわち彼の形而上学の基礎が、第五部は、彼が探求した自然学上の諸問題の順序、とりわけ心臓の運動の説明、および医学に属する他のいくつかの難問の説明、さらには我々の魂と獣の魂とのあいだの違いが、そして最後の部は、自然の探究において彼がこれまで進んできた以上にさらに進むために必要だと彼が考える事柄、および彼にこれを書かせた理由が、見出されるだろう。

第一部 諸学問についての考察

位置づけ:本書全体の導入にあたる部分であり、著者デカルトが自らの学問遍歴を語る自伝的な章である。第二部以降で示される「方法」がどのような経緯から生まれたのかを、読者に納得させることを目的とする。

概要:幼少期からの学校教育(言語・文学・雄弁術・詩・数学・道徳・神学・哲学・法学・医学)を一通り修めたにもかかわらず、確実な知識を得られなかったという失望を語る。特に、哲学が幾世紀にもわたり優れた精神によって培われながら、いまだ議論の余地のない結論を一つも生んでいないことに着目し、書物による学問への信頼を捨てる。その後、「世界という大きな書物」を学ぶべく旅に出て諸国の風俗・人間観察による経験を積むが、そこにも哲学者の意見と同様の多様性しか見出せない。最終的に、外的な学問や経験ではなく、自分自身の内で学び、自らの精神の力だけを用いて進むべき道を選ぶという決意に至る場面で終わる。

良識はこの世でもっとも公平に分け与えられているものである。というのも、誰もが良識を十分に持っていると考えており、他のどんなことについては満足しにくい人でさえも、良識だけは自分の持っている以上のものを欲しがるということがないからだ。この点で全員が思い違いをしているとは考えにくい。むしろこのことは、正しく判断し真と偽とを区別する能力、すなわち本来良識あるいは理性と呼ばれるものが、すべての人間に生まれつき等しく備わっていることを示している。したがって我々の意見が多様であるのは、ある人が他の人より理性的であるからではなく、我々が思考をさまざまな道筋で導き、同じ事柄を考察していないからにすぎない。精神が優れているだけでは十分ではなく、肝心なのはそれをよく用いることだからである。もっとも偉大な魂は、もっとも大きな徳と同様に、もっとも大きな悪徳をもなしうる。そしてゆっくりとしか歩まない者でも、つねに正しい道を進みさえすれば、走りながらその道から逸れていく者よりも、はるかに先へ進むことができる。

私自身について言えば、自分の精神が世間一般の人々の精神よりも少しでも優れていると思い上がったことは一度もない。それどころか、思考の速さや、想像力の明晰さと判明さ、記憶の広さや確かさにおいて、他の人々に劣らぬものを持ちたいと望んだことすらしばしばあった。そして精神の完成に役立つ資質としては、これら以外のものを私は知らない。理性、すなわち良識については、それが我々を人間たらしめ、獣から区別する唯一のものである以上、それはあらゆる人にそっくりそのまま備わっていると私は信じたい。この点で私は、哲学者たちの一般的な見解、すなわち多い少ないの差があるのは付帯性のあいだだけであって、同じに属する個体形相つまり本性のあいだにはそうした差はない、という見解に従う。

しかし私は、こう言うことをためらわない。すなわち私は、若い頃にある種の道に出会うという大きな幸運に恵まれ、そこからいくつかの考察と規則へと導かれ、それらをもとに一つの方法を作り上げた。この方法によって、私は自分の知識を少しずつ増やし、自分の精神の凡庸さと生命の短さとが許すかぎりの最高点にまで、次第に高めていく手立てを得たように思われる。自分自身を判断するときには、いつも自惚れよりも不信のほうへ傾くよう努めており、また哲学者の目ですべての人間のさまざまな行為や企てを眺めれば、そのほとんどが空しく無用なものに見えるのだが、それでもなお私は、真理の探究においてすでに遂げたと思う進歩に、この上ない満足を感じている。そして将来についてもそのような希望を抱いているので、あえて言えば、純粋に人間的な営みのなかに、もし確かに善く重要なものが一つあるとすれば、それは自分が選んだこの営みだと信じている。

とはいえ、私が思い違いをしている可能性はある。私が金やダイヤモンドだと思っているものが、実はわずかな銅とガラスにすぎないのかもしれない。人は自分に関わることについて思い違いをしやすいものであり、また友人の判断が自分に好意的であるときには、それを疑ってかかるべきだということも、私はよく知っている。しかしこの書のなかで、私が歩んできた道を示し、自分の人生を一枚の絵のように描き出してみたいと思う。それによって誰もがそれを判断できるようにし、そこから世間の評判として得られる意見を知ることで、私が普段用いている手立てに加えて、自分を教え導く新たな手段が得られるようにするためである。

したがって私の意図は、誰もが自分の理性をよく導くために従うべき方法をここで教えることではなく、私自身がいかにして自分の理性を導こうとしてきたかを示すことだけにある。人に規則を与えようとする者は、それを受ける者よりも自分の方が優れていると見なさなければならず、もし少しでも誤りがあれば非難を免れない。しかし私はこの書を、一つの歴史として、あるいはむしろ一つの物語として提示するにすぎない。そこには見習うべきいくつかの実例とともに、見習わないほうがよい他の実例も多く見つかるだろう。それゆえ私は、この書が誰かの役に立ち、誰の害にもならないことを望んでおり、また私のこの率直さに誰もが感謝してくれるだろうと期待している。

私は幼少の頃から学問によって育てられ、学問によって人生に役立つあらゆる事柄について明晰で確実な知識を得られると信じ込まされていたので、学ぶことをこの上なく熱望していた。しかしその一連の学業を終え、通例学者の列に加えられる段階に達するとすぐに、私はまったく考えを改めてしまった。というのも、あまりに多くの疑いと誤りに行き詰まってしまい、学ぼうと努めたことでかえって自分の無知をますます発見しただけのように思われたからである。それにもかかわらず、私はヨーロッパでもっとも名高い学校の一つに在籍しており、この地上のどこかに学識ある人々がいるとすれば、そこにこそいるはずだと考えていた。私はそこで他の人々が学ぶすべてを学んでいた。それだけでなく、教えられた学問だけでは満足せず、もっとも珍しくもっとも希少とされる学問を扱った書物を、手に入るかぎりすべて読み尽くしていた。そのうえ、他人が私についてどのような判断を下しているかも知っており、すでに教師の座を継ぐべき者と目されていた同級生たちがいたにもかかわらず、私が彼らより劣っていると見なされている様子はなかった。そして最後に、我々の時代は、これまでのどの時代にも劣らず栄え、優れた精神に恵まれているように私には思われた。こうしたことから私は、自分自身の判断であらゆる他人を評価する自由を取り、以前に期待させられていたようなものは、世界のどこにも見当たらないと考えるようになった。

とはいえ私は、学校で行われている修業を評価しないわけではなかった。そこで学ぶ言語は古代の書物を理解するために必要であること、物語の面白さは精神を目覚めさせること、歴史に語られる記憶に値する行いは精神を高め、思慮深く読めば判断力を養う助けになること、あらゆる良書を読むことは、それを書いた過去の時代のもっとも誠実な人々と会話するようなものであり、しかも彼らが自分たちのもっとも優れた思想だけを我々に明かしてくれる、練り上げられた会話であること、雄弁術には比類ない力と美しさがあること、詩には人を魅了する繊細さと甘美さがあること、数学には非常に精妙な発見があり、それは好奇心を満たすためだけでなく、あらゆる技術を容易にし、人間の労力を減らすためにも大いに役立ちうること、風俗を論じる書物には有益な多くの教えと徳への勧めが含まれていること、神学は天国に至る道を教えてくれること、哲学はあらゆる事柄についてもっともらしく語る手段を与え、あまり学識のない人々から称賛されるようにしてくれること、法学や医学やその他の学問はそれを修める者に名誉と富をもたらすこと、そして最後に、たとえもっとも迷信的でもっとも誤ったものであっても、その正しい価値を知りそれに欺かれないようにするために、あらゆる学問をひととおり検討しておくのはよいことだということを、私は知っていた。

しかし私は、言語や、古代の書物およびその歴史や物語の読書には、すでに十分な時間を費やしたと考えていた。他の時代の人々と語り合うことは、旅をすることとほとんど同じだからである。さまざまな民族の風俗を多少なりとも知っておくことは、自分たちの風俗をより健全に判断し、何も見たことのない者が習慣的にそうするように、自分たちの流儀に反するものすべてを滑稽で理に反したものと考えないようにするために、よいことである。しかし旅にあまりに多くの時間を費やすと、人はついに自分の国においてさえよそ者になってしまう。また過去の時代に行われていた事柄をあまりに詮索しすぎると、たいてい現在行われている事柄については非常に無知なままになってしまう。そのうえ、物語は起こりえない多くの出来事をあたかも起こりうるかのように想像させ、またもっとも忠実な歴史でさえ、事柄をより読むに値するものにしようとして、その価値を変えたり誇張したりしないまでも、少なくともほとんど常にもっとも低く目立たない事情を省いてしまう。そのために残りの部分は実際のとおりには見えなくなり、そこから引き出した実例によって自分の行いを律する者は、我々の物語に出てくる遍歴の騎士たちのような突飛な振る舞いに陥り、自分の力を超えた企てを抱きやすくなる。

私は雄弁術を高く評価しており、また詩を愛好してもいたが、そのどちらも学問の成果というよりは精神の賜物であると考えていた。もっとも強い推論の力を持ち、自分の考えを明晰で理解しやすいものにするために最もよく整理できる人は、たとえブルトン語の田舎言葉しか話せず、修辞学を学んだことがなくても、自分の主張を最もよく説得することができる。そしてもっとも快い着想を持ち、それをもっとも巧みな装飾と甘美さで表現できる人は、たとえ詩法を知らなくても、最も優れた詩人であることに変わりはない。

私はとりわけ数学を好んだ。その推論の確実さと明証性のゆえである。しかし私はまだその真の用途に気づいておらず、それが機械的な技術にしか役立たないと考えていたので、その基礎がこれほど堅固で確実であるにもかかわらず、その上に何もより高度なものが築かれていないことを不思議に思っていた。それとは逆に、風俗を論じる古代異教徒の著作を、私は砂と泥の上にしか建てられていない、非常に壮麗で豪華な宮殿に喩えていた。それらの著作は徳を非常に高く掲げ、この世のあらゆるものにもまして尊ぶべきものに見せかけている。しかしそれらを本当に知るための教えは十分ではなく、彼らがそのような美しい名で呼ぶものは、しばしば単なる無感覚か、傲慢か、絶望か、あるいは肉親殺しにすぎない。

私は我々の神学を敬い、他の誰にも劣らず天国に至ることを望んでいた。しかし、その道は最も学識のない者にも最も学識のある者にも等しく開かれており、そこに至る啓示された真理は我々の理解を超えたものであると、非常に確かなこととして教えられていたので、私はそれらを自分の弱い推論に委ねることをあえてしなかった。それらを検討し、うまく成功させるためには、天からの何か特別な助けを必要とし、単なる人間以上のものでなければならないと私は考えていた。

哲学については、次のことだけを述べておこう。すなわち哲学は、幾世紀にもわたって生きたもっとも優れた精神の持ち主たちによって培われてきたにもかかわらず、いまだに議論の余地のない事柄、したがって疑わしくない事柄が一つも見出されないのを見て、私は他の人々よりもうまくやれると期待するほどの自惚れを持ち合わせていなかった。また同じ事柄について、学識ある人々によって支持されているにもかかわらず、そのうち真であるものはただ一つしかありえないほど多様な意見がありうることを考えると、私はもっともらしいとしか言えないものはすべて、ほとんど偽であると見なしていた。

次に他の諸学問については、それらが原理を哲学から借りているかぎり、これほど確固としていない基礎の上には何ら堅固なものを築くことはできないと私は判断していた。それらが約束する名誉も利益も、私にそれらを学ばせるには十分ではなかった。なぜなら私は、幸いにも、自分の身代を助けるために学問を職業にしなければならないような境遇にはないと感じていたからである。またキュニコス派のように栄光を軽蔑することを公言はしないものの、偽りの肩書きによってしか得られそうもない栄光については、ほとんど評価していなかった。そして最後に、誤った教説については、錬金術師の約束にも、占星術師の予言にも、魔術師の欺瞞にも、自分が知っている以上に知っていると公言する者たちの策略やはったりにも、もはや欺かれることのないくらい、その値打ちをすでに十分に知っていると思っていた。

それゆえ、年齢が許して教師たちの管理下から出られるようになるとすぐ、私は学問の探求を完全にやめてしまった。そして自分自身のうちに、あるいは世界という大きな書物のうちに見出しうる知識以外はもはや求めまいと決意し、残りの青春を旅に費やし、宮廷や軍隊を見聞し、さまざまな気質や境遇の人々と交わり、さまざまな経験を積み、運命が差し出す出会いのなかで自分自身を試し、いたるところで、目の前に現れる事柄について、そこから何かの益を引き出せるような省察を行うことに費やした。というのも、各人が自分の身に関わる事柄について行う推論のほうが、書斎にこもった文人が何の実効ももたらさない思弁について行う推論よりも、はるかに多くの真理に出会えると私には思われたからである。前者は判断を誤れば間もなくその結果によって罰せられるのに対し、後者は、常識から遠く離れているほどかえって虚栄心を満たすことにしかならず、それをもっともらしく見せるためによりいっそう多くの機知と技巧を用いなければならなかったであろうという以外に、何ら結果をもたらさないのである。そして私は常に、自分の行いをはっきりと見極め、確信を持ってこの人生を歩むために、真と偽とを区別することを学びたいという強い欲求を抱いていた。

実を言えば、他の人々の風俗を観察するだけであったあいだは、確信の拠り所となるものをほとんど見出せず、以前哲学者たちの意見のあいだに見出したのとほとんど同じくらいの多様性をそこにも認めるばかりであった。そこから私が得たもっとも大きな益は、我々にはひどく突飛で滑稽に思われることが、他の大きな民族のあいだでは普通に受け入れられ是認されているのをいくつも見て、自分に対して単なる実例と慣習によってしか説得力を持たなかった事柄を、あまり強く信じ込まないことを学んだということであった。そして自然の光を曇らせ、理を聞き分ける力を弱めかねない多くの誤りから、こうして私は少しずつ解放されていった。しかし世界という書物のなかでこのように学び、経験を積もうと努めることに数年を費やした後、私はある日、自分自身のうちでも学び、自分がたどるべき道を選ぶために自分の精神のすべての力を用いようと決意した。これは、自分の国からも自分の書物からも一度も離れなかった場合よりも、はるかにうまくいったように私には思われる。

― 試し読みはここまでです ―

方法序説

発行責任者(訳者):飯島健二

発行:古典書房

制作協力:Claude(claude-sonnet-5)

参照原典:フランス語原典『Discours de la méthode』(1637年初版)

初版発行日:2026年 9月 7日

試し読み版

本書の現代語訳・解説・用語集その他の創作部分について、著作権は発行責任者に帰属します。私的使用のための複製を除き、著作権者の許諾なく複製・転載・再配布することを禁じます。