エヌマ・エリシュ
世界と人類の創造にまつわるバビロニアとアッシリアの伝説
第一巻 英訳篇
このHTMLは、バビロニアの創造叙事詩『エヌマ・エリシュ』を収めた、L・W・キング編訳『創造の七つの書板』(The Seven Tablets of Creation)第1巻「英訳篇」(1902年刊)の日本語訳です。「エヌマ・エリシュ」は詩の冒頭の語で、「高みにあったとき」の意とされます。詩はアッカド語(底本では「アッシリア語」「バビロニア語」と呼ばれています)の楔形文字で七枚の粘土板(書板)に記され、紀元前七世紀の写本を中心に伝わっています。
底本はアッカド語原典の英訳であり、この日本語訳は、その英訳を日本語に移したものです。アッカド語の原典から直接訳したものではありません。原典の欠損や、英訳者による復元・補足は、底本の括弧類をそのまま保つことで示しています。
底本の英訳は、[ ]、[…]などの括弧類を用いていますが、その意味は示していません。本書では、これらを底本のまま保ち、次の意味で用いています。[ ]は、失われた本文を補った復元、( )は、英訳者による補足、(?)は、訳が確かでないことです。語の一部だけが失われている場合は、日本語では語全体を[ ]に入れています。また、序論VIIによれば、行番号が推定によるときは、丸括弧に入れて示します(例:第二書板の「(113)」)。
欠損を示す記号の点([…])の数は、底本に印刷された点の数のとおりに、半角のピリオドで示しています(例:[..][....][..............])。点の数そのものに、特別な意味はありません。
底本:L. W. King (ed. and trans.), The Seven Tablets of Creation, or the Babylonian and Assyrian Legends concerning the Creation of the World and of Mankind, Vol. I: English Translations, etc., London: Luzac and Co., 1902 (Luzac's Semitic Text and Translation Series, Vol. XII).
収録範囲:序文、序論、第一〜第七書板とエピローグ、「創造の歴史にまつわる別の伝承」I〜Vです。底本第1巻にはこの後、「VI. クタの創造伝説」と付録・索引・用語集が続きますが、前者は創造神話ではなく別の内容の伝説(クタの古バビロニア王の事績)であり、後者は学術的な参照資料であるため、収録していません。底本で書板の本文の対向頁に印刷されているアッカド語の翻字も、収録していません。底本第2巻に収められている図版のうち、対応するものを、書板の各節のあとに試験的に掲載しています(掲載数は確認中です)。
本文の欠損の程度は、書板によって大きく異なります。物語の中心となる部分(アプスーの陰謀、マルドゥクとティアマトの戦い、人間創造の動機など)は、おもに第一・第三・第四書板にあり、底本(1902年)の時点でも、かなりの程度読めていました。欠損が大きいのは、第二書板の一部と、第五・第六・第七書板です。とりわけ第五〜第七書板は、星座と暦の制定、バビロン市とエサギル神殿の建立、マルドゥクの五十の名の列挙といった、専門的・儀礼的な性格の強い部分で、本文の主要な部分がまとまって失われています。底本より後の研究による本文の補いの状況は、概説の末尾で触れています。
翻訳方針:書板の詩行は、底本の行番号に1行ずつ対応させた現代語訳とし、直訳は併記していません。行番号、欠行の注記、括弧つきの行番号(「(69)」など)は、底本のとおりに示します。序文・序論は、散文の現代語訳です。
注記:キング自身の脚注(原注)は、書板・別の伝承・序文・序論の本文のあとに、「注記」としてまとめて掲載し、通し番号を付けています。本文中の「†」の記号から、対応する注記へリンクしており、注記の「↑」から、もとの本文の位置へ戻れます。本文に記号のない注記も、底本に印刷された順序のまま、リンクなしで掲載しています。これらは、本書に収めていないアッカド語の翻字の頁に置かれているものです。「底本頁」ボタンを押すと、注記の各項にも、底本の頁が示されます。
操作:目次から各項目へジャンプできます。目次へ戻るときは「↑ 目次」またはブラウザの戻る操作を使ってください。「底本頁」ボタンで底本の頁番号を、「解説」ボタンで語注・解説を表示できます。
解説・語注・概説・用語集は、底本に書かれていることを中心にまとめた参考情報であり、逐一の出典確認・査読を経たものではありません。概説の最後の二つの段落だけは、底本より後の研究の状況を補うものです。本文の理解を助ける参考としてお使いください。
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神話を読む / 古典書房
この概説は、底本の編訳者キング(L. W. King)が序文・序論で述べていることを軸にまとめたものである。年代や学説は、1902年当時のキングの見解であり、本書のあとの研究については、最後の節で簡単に触れる。
『エヌマ・エリシュ』は、世界と人間の創造を語るバビロニアの詩で、およそ九百九十四行、七つの書板に分かれている。現在知られる写本は、紀元前七世紀のアッシリア王アッシュルバニパルがニネヴェに築いた文庫の書板と、新バビロニア時代・ペルシア時代の書板や練習書板に由来し、第七書板の写本の一つは、おそらくアルサケス朝の時代というほど後のものとされる。詩の古い写しは一つもない。しかしキングは、この詩が、それ以前から存在した複数の伝承を編み合わせたものだと考える。
キングは、詩を形づくる五つの糸を数える。神々の誕生、エアとアプスーの伝説、竜の神話、創造の実際の記述、そして五十の称号のもとでのマルドゥクへの讃歌である。神々の誕生は第一書板の最初の二十一行にとどまり、エアによるアプスーの征服も二十行を超えない。キングは、これらが、のちにマルドゥクが得る際立った地位を高めるために取り込まれたと説明する。第七書板の讃歌は、アッシリアの注解書などの証拠から、かつては『エヌマ・エリシュ』とは関係のない独立した作品であったことがわかる、とされる。
伝承は一つではなかった。アッシュルバニパルの文庫の断片には、マルドゥク以外の神が竜を倒し、しかも人びとが存在し都市が築かれていた時代の出来事として語る伝説の写しがある。また、創造が竜の死と結びつかない伝説も残る。世界の創造の前にあった水の動きから都市や神殿が生じ、マルドゥクが女神アルルとともに人間を創るとするもの、「神々」が総じて天と地、家畜と野の獣を創ったとするもの、月と太陽の創造をアヌ、ベール、エアに帰するものである。本書は、これらを「創造の歴史にまつわる別の伝承」I〜Vとして収めている。
伝承の古さについて、キングは三種類の証拠を挙げる。第一は、竜の神話と創造の記述に異本があることで、同じ物語が異なる都市で異なるしかたで語られながら、何世紀にもわたって互いに独立して伝えられたことを示すという。第二は、紀元前九世紀のアッシュルナシルパルがニムルドに建てたニニブの神殿の、マルドゥクと竜ティアマトの戦いを彫った石灰岩の板である。この戦いは円筒印章にもしばしば刻まれ、その扱いの多様さも、異本の存在を示すという。第三は、紀元前十七世紀より遅くない時期のバビロン王アグムの碑文で、エサギル神殿に竜と怪物の像を据え、そのそばに「海」と呼ぶ大きな洗盤を置いたと述べる。
この三種類の証拠は、創造の伝説のもっとも重要な要素が、紀元前三千年紀の前半、あるいはそれ以前にさえさかのぼりうることを示す傾向がある、とキングは述べる。詩そのものが織り合わされた年代については、ほかの伝説の写本が手がかりになる。紀元前十五世紀のテル・エル・アマルナの書板には、ネルガルとエレシュキガル、アダパと南風の二つの伝説の写しがあり、後期アッシリアの写本の伝説と文体・構成がよく似ている。バビロン第一王朝の終わりごろ(紀元前2100年ごろ)や、ウル第二王朝の王たちの時代(紀元前2200年より前)の書板にも伝説の断片が見つかり、アッシリアの写本からしか知られていなかった伝説との類似は、言語の同一にまで及ぶ。
これらを踏まえてキングは、創造の伝説の多くはシュメール系の資料に起源をたどれるだろうが、メソポタミアのセム系の住民が、きわめて早い時期に自分たちの異本を作り、それを改め増補したことは明らかだとする。マルドゥクと竜の神話を創造の物語に結びつけたのは、バビロンが主要な都市の地位に達した、その後の時代に置けると、かなりの蓋然性をもって考え、詩の大部分は、紀元前2000年より遅くない時期に作られたと、かなり確信をもって結論する。
詩は、神々が混沌から現れ出るところから語り起こす。新しい神々の「道」に休息を乱された原初の神アプスーが、宰相ムンムとともにティアマトのもとへ赴いて反逆を企てるが、エアがそれを見破って挫く。のちにティアマトが、アプスーとムンムの復讐のために戦いの準備をし、キングーを軍勢の指揮官に任じる。エアとアヌが宥めることに失敗したあと、アンシャルは、マルドゥクに神々の闘士となるよう呼びかける。マルドゥクはティアマトを打ち破り、その体を二つに割って、半分から天の覆い(大空)を形づくる(第四書板)。続いて、黄道帯の星座が確定され、年が創設され、月の神と太陽の神にマルドゥクが任務を委ねる(第五書板)。マルドゥクは、自分の血を用いて人間を形づくる意図を、父エアに打ち明ける(第六書板)。神々は評議の間ウプシュッキナクに集まり、五十の称号でマルドゥクをたたえる(第七書板)。
キングによれば、詩は現在の形では、神々の闘士、世界の創造者としてのマルドゥクを称揚するもので、バビロンの神官たちによる長い編集と改変の跡を帯びている。アッシリアの国家神アッシュルではなくバビロンの神マルドゥクをたたえているため、アッシュルバニパルの書記が作った書板も、バビロニア起源の古い書板の写しにすぎないという。物語の初期の挿話では、主人公はマルドゥクではなくエアであり、マルドゥクだけが主人公となるのは第二書板の後半からである。
人間の創造は、宇宙の形成の自然な続きとしてではなく、マルドゥクが直面した困難の解決として語られる。キングの推測では、神々は、自分たちをたたえる神殿も礼拝する者もないと不満を述べ、その必要を満たすために、マルドゥクは人間を創ることを考え出した。第六書板8行は、人間が「神々への奉仕が確立されるように」創られると述べる。このように、バビロニアの詩の人間の創造は、人間の視点ではなく神々の視点から語られ、神々の不満を鎮めるための方便として扱われている。
詩はまた、ギリシア語で伝わる要約と照らし合わされてきた。ベロッソスの要約では、ベールがオモルカを二つに裂いて、その半分から大地を、もう半分から天を造り、自分の血を土と混ぜて人間と動物を創らせる。キングは、マルドゥクによる世界の創造の記述が、この要約とよく一致し、第六書板の新しい断片も、人間の創造についての要約の記述を裏づけると述べる。一方、神々の誕生を伝えるダマスキオスの記述は、詩の記述よりも詳しい。
詩の断片について最初に報告したのはGeorge Smithで、1875年の論文で、創世記との類似を強調した。翌年の著書『The Chaldean Account of Genesis』で、それまでに確認された断片の翻訳を示した。その後、Oppert、Schrader、Sayceらが訳を作り、Wallis Budgeが第四書板の見事な写本を報告し、Jensen、Zimmern、Delitzschが翻訳と研究を公刊した。キングは、1900年に大英博物館の『Cuneiform Texts』のために本文を書き写す仕事を託され、その過程で新しい断片と別写本を見いだした。この結果、以前は二十一だった書板・断片が四十九に増え、書板が七枚から成ることと、第六書板の人間の創造の記述が確認された。本書は、その新資料にもとづく翻訳である。
キングは、バビロニアの詩と創世記の創造の記述の類似を、順を追って検討している。水の混沌が創造に先立つこと、そして創世記1章2節の深みを表すヘブライ語tehōmが、深みの怪物ティアマトに相当すること。昼と夜、あるいは光が、天体の創造の前に存在するという信仰。ティアマトの体が二つに割られて大空となり、上の水と下の水を分けること。天体が、年や月日を定めるために創られること。人間の創造の記述が、第六書板の新しい断片に並行を見いだすこと、そしてマルドゥクが人間の創造に自分の血を用いることが、人間がエロヒムの像にかたどって創られたという記述と、おそらく比べてよいこと。第六書板の「骨」を意味する語issimtuが、創世記2章23節の「私の骨の骨」のヘブライ語’esemに対応すること。そのほか、第二の創造の記述の塵と息、楽園の川と創造の川への呼びかけがある。七日の枠組みと七つの書板については、キングは、類似はいくぶん表面的だが、「七」という数の使用は偶然ではなかった可能性があると述べる。同時にキングは、動物の創造や言葉による創造、創造の順序など、類似が乏しい、あるいは異なる点も指摘している。
キングは、ヘブライの創造の物語や神話が、共通のセム系の祖先から別々に受け継がれたのではなく、究極的にはバビロニアに由来することについて、証拠を詳しく論じる必要はないとする。物語のバビロニア固有の色合いと、シュメール人の時代にまでさかのぼる古さが、決定的な証拠だからである。テル・エル・アマルナの書板は、バビロニアの影響が紀元前十五世紀にエジプトと西アジアの全域に及んでいたことを示し、バビロニアの神話は、イスラエル人による征服以前にパレスチナに根づいていたと推測される。したがって、捕囚のユダヤ人は、バビロニアの神話を、まったく新しい未知の主題としてではなく、同族の信仰の連なりとして受けとめたという。キングはまた、フェニキアの宇宙生成論にバビロニアの要素をたどれることは久しく認められてきたとし、エジプトの創造の信仰との顕著な類似については、その由来はまだ定かでないとする。
本書の刊行から後の研究について、一般に知られていることを簡単に付け加える。詩の成立を紀元前2000年より遅くないとするキングの推定は、その後の研究で、より新しい時代に置く見方が有力になっている。また、20世紀後半に、W. G. LambertとS. B. Parkerが、その後に加わった写本を用いた楔形文字本文の校訂版(1966年)を出した。創世記との関係を直接の借用とみる見方についても、その後、共通の背景をもつものとするなど、より慎重な見方を含めて議論が続いている。
新資料にもとづく本文の補いは、その後も続いている。Kämmerer・Metzler(2012年)とW. G. Lambert(2013年)の校訂版に続き、ミュンヘン大学とバイエルン科学アカデミーが運営するelectronic Babylonian Library(eBL)プロジェクト(https://www.ebl.lmu.de/)が、新たに同定された断片を組み込んだ校訂版をオンラインで公開し、随時更新している。本書の底本(1902年)とeBL版の本文とを読み比べると、第三・第四書板は当時すでに行の範囲としてほぼ揃っており、第一書板も大部分は読めていたが、語の解釈は精緻化している(たとえば第一書板4行の「カオス、ティアマト」は、現在ではムンムという語を独立の形容語として訳し分けている)。一方、第二書板は中盤の約28行、第五・第六・第七書板はそれぞれ本文の主要な部分(星座と暦の制定、バビロン市とエサギル神殿の建立、マルドゥクの五十の名の由来の大半)が、底本の時点ではまったく読めておらず、eBL版ではその大半が新出断片によって埋められている。
以下、原語は底本の綴りによる(アッカド語の語・神名はラテン字転写)。英語・ギリシア語・ヘブライ語の語は、そのつど言語名を示す。説明は、底本(序文・序論)の記述にもとづく。ただし、訳語の使い分けを示す二項目(「創る・形づくる・造る」「深淵と深み」)は、訳者の方針である。
位置づけ:第一書板は、七つの書板から成るこの詩の冒頭にあたる。天地も神々も名を持たない原初の状態から語り起こし、神々の誕生と、若い神々をめぐる最初の争いを述べる。この争いは、続く書板で語られる神々とティアマトの戦いへとつながっていく。
概要:第1〜28行は神々の誕生を語る(欠損が多い)。第29〜59行は、アプスーがムンムの助言に従い、神々を滅ぼそうとする経緯を語る。第60行以降はエアの動きに触れるが、第61〜104行は欠損が多く、内容を追いにくい(第68〜82行は欠けている)。第105〜142行は、ティアマトが怪物を造って軍勢を整え、キングーを総指揮に任じて運命の書板を与える経緯を語る。
*1 アプスーとティアマトは、原初の水の神々で、混沌を体現する。第5行は、二者の水が混ざり合っていたと述べ、この二者から、最初の一対の神ラフムとラハムが生まれる(序論)。
*2 ラフムとラハムは、アプスーとティアマトから生まれた最初の一対の神で、長い時を経て、アンシャルとキシャルの一対が生まれる(序論)。底本の第14行は、アヌを「彼らの息子」と述べる。
*3 ヌディムドは、エアの別名。底本の序論は「ヌディムド(すなわちエア)」と記し、原注では、エアの称号としている。
*4 ムンムは、アプスーに仕える宰相として登場する。この詩では、アプスーに助言を与える役を担う。
*5 エアは、第17行のヌディムドと同じ神を指す。ここで初めて、エアの名そのもので本文に現れる。
*6 ウンム・フブル(Ummu-Ḫubur)は、「母フブル」の意で、ティアマトが帯びる称号である(序論の原注)。以下、ティアマトが軍勢を整える場面が続く。
*7 キングーは、ティアマトの子である神々の一人である。ここで、ティアマトの軍勢の総指揮を任される。
*8 アヌンナキは、神々を指す名。別の伝承V第15行に「神々、アヌンナキ」とある。この第136行のアヌンナキは、復元による。
― 試し読みはここまでです ―
創造の七つの書板(エヌマ・エリシュ)第1巻 英訳篇
発行責任者(訳者):飯島健二
発行:古典書房
制作協力:Claude Sonnet 5
参照原典:英語原典『The Seven Tablets of Creation』Vol. I: English Translations, etc.(L. W. King編訳、London: Luzac and Co., 1902)
初版発行日:2026年9月23日
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