本HTMLは、プラトン(Πλάτων)の対話篇『アルキビアデス第一』(原題:Ἀλκιβιάδης Αʹ)の現代日本語訳である。ソクラテスが、政治家をめざす名門の青年アルキビアデスに話しかけ、「国の事柄に助言するには、何を知っていなければならないか」「自分自身を知るとは何か」を、問答によってたどる。
底本:John Burnet(ed.), Platonis Opera, Tomus II(Oxford: Clarendon Press)所収 Ἀλκιβιάδης Αʹ。
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本書は現代語訳のみを掲載し、直訳との切替は行わない(対話の哲学書であり、直訳併記の対象ではない)。
本文中の番号(例:129a)は、底本の欄外に付された「ステファヌス番号」であり、原典と対応させながら読み進める手がかりとなる。「底本頁」ボタンで常時表示に切り替えられる。『アルキビアデス第一』は103aから135eまでの範囲にあたる。
この対話篇の発言者は、ソクラテスとアルキビアデスの二人である。発言者は、底本の略号(ΣΩ.=ソクラテス、ΑΛ.=アルキビアデス)に対応させて、「ソク:」「アル:」と示した。同じ話者の発言が段落をまたいで続く箇所には、話者の表示を付けていない。発言そのものは「 」で括らず、発言の中で引用される言葉や、想定される問いの言葉を「 」で示した。
この対話篇が、プラトンの真作かどうかについては、研究者の間で議論がある。本書は、その判断を示すものではない。
底本で、校訂者が本文から除くべきものとして角括弧に入れた語句(5か所)は、訳出していない。校訂者が補った語句(山括弧)は、訳に含めた。いずれの箇所も、解説(「角括弧について」「山括弧について」)に示した。
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解説・概説・用語集は、原典にない参考情報であり、底本の本文と、信頼できる資料で確認できる範囲で書いた。主な典拠は、Stanford Encyclopedia of Philosophy、Encyclopaedia Britannica、Smith, A Dictionary of Greek and Roman Biography and Mythology(Perseus Digital Library)、Livius.org、ToposTextである(制作時点)。査読を経たものではない。本文の理解を助ける参考としてお使いいただきたい。
哲学原典を読む / 古典書房
ソクラテスは、長いあいだ声をかけずにいたアルキビアデスに、初めて話しかける。アルキビアデスは、まだ二十歳にならない、美貌と家柄と後見人ペリクレスの力に恵まれた青年である。ソクラテスは、この青年が、アテナイで、ギリシアで、さらに異国でも最大の力を持とうとする望みを抱いていると言い当て、その望みを実現できるのは自分をおいてほかにない、と告げる(103a–105e)。
ソクラテスは、まず、助言できるのは自分が知っている事柄についてだけだと確かめ、戦争と平和について「より良い」とは「より正しい」ことにほかならないと示す。そこでアルキビアデスは、正しいことと不正なことを自分がいつ、誰から知ったのかを答えられなくなる(106c–113c)。続いて、正しいことが得になるのかが検討され、立派なものと善いものが同じであることから、正しいことは得になるとされる。ところがアルキビアデスは、自分の考えが定まらないことに気づく(113c–116e)。ソクラテスは、その原因を、知らないのに知っていると思う無知に見いだす(116e–118c)。
そのあと、ソクラテスは、アルキビアデスが競う相手は国内の人々ではなく、ラケダイモンとペルシアの王たちであること、その家柄・養育・富に比べて、アルキビアデスの備えがどれほど乏しいかを語る(118c–124b)。必要なのは世話であり、世話とは、自分自身をよりよくすることだと確かめられる(124b–127d)。自分自身の世話をするには、自分とは何かを知らねばならず、人間とは、体を用いる魂であるとされる(127d–130c)。
後半では、「自分自身を知れ」というデルポイの銘文が、目が目を見て自分を見る例えによって解釈され、魂が自分を知るには、魂の中の知恵の宿る部分、さらに神的なものを見つめるべきだとされる(130c–133c)。結びでは、自分を知る節度と正義と徳が、個人と国の幸福の条件として語られ、アルキビアデスは、これから正義の世話を始めると答える(133c–135e)。登場人物の立場の変化、問いに答えるたびに変わる確信、「世話」「自分自身」という語の意味を順にたどりながら読むと、議論の組み立てが見えてくる。
以下、()内は原則としてギリシア語原語。
ステファヌス版番号(Burnet版)。番号をクリックすると本文の該当箇所へ移動する。
底本には章・節の見出しはなく、伝統的に参照されるステファヌス版番号(103~135)が付されているのみである。目次の10部構成は、内容にもとづいて便宜的に設けた区分である。
〔 103a~106c について 〕
位置づけ:対話の導入の部分。
概要:ソクラテスは、長く声をかけずにいた理由を述べ、アルキビアデスの野心を言い当てて、その実現にはソクラテスが必要だと告げる。アルキビアデスは、問いに答えることを承知する。
ソク:クレイニアスの子よ、君は不思議に思っているだろう。*1私は君の最初の恋する者となりながら、ほかの者たちが皆去ったあとも、ただ一人去らずにいる。しかも、ほかの者たちは君に話しかけて煩わせたのに、私は何年ものあいだ、挨拶さえしなかったのだから。その理由は、人間によるものではなく、何か神霊による妨げだった。その力のほどは、君も後で知るだろう。だが今は、もう妨げられないから、こうして近づいたのだ。これからも妨げられないだろうと、私は期待している。さて、この間ずっと、君がこれらの恋する者たちにどう接したかを、私はだいたい見て取った。誇り高い者は多かったが、君の誇りに打ち負かされて逃げ去らなかった者は一人もいない。君が、その誇りによって人々を見下してきた、その考えを、私は述べてみたい。君は、自分は何についても誰にも不足しないと言う。自分に備わっているものは、体に始まり魂に終わるまで大きく、何も必要としないほどだと。つまり君は、第一に、最も美しく最も背が高いと思っている。これが偽りでないことは、見れば誰にでも明らかだ。次に、君は最も気骨ある家柄の者で、それも君自身の国、ギリシア人の国々のうち最大の国においてであり、その地で父方にも、最も多く最もすぐれた友や親族がいて、必要なら君に力を貸してくれる。母方の者たちも、それに劣らず、少なくもない。さらに、いま述べたすべてにまさる力が君にはあると思っている。クサンティッポスの子ペリクレスだ。君の父は、君と君の弟の後見人として彼を遺した。彼はこの国で望むことを何でも行えるだけでなく、全ギリシアで、また異国の多くの大きな民族のなかでもそうできる。さらに付け加えれば、君は富める者の一人でもある。だが君は、これを最も誇りにしていないように、私には思える。こうしたすべての点で、君は大いに誇って恋する者たちに打ち勝ち、彼らは劣った者として打ち負かされた。君もそれを知らないわけではない。だから私は、君がこう不思議に思っていることをよく知っている。いったいどんな考えで私は恋から離れないのか、ほかの者たちが逃げ去ったのに、何を望みに残っているのか。
*1 〔 話者の表示について 〕底本の話者名は、ΣΩ.(ソクラテス)、ΑΛ.(アルキビアデス)の略号で示されている。本訳では、これに対応させて、「ソク:」「アル:」と示した。
アル:ソクラテスよ、おそらく君は知らないだろうが、君は私より少しだけ先んじたのだ。私の方こそ、先に君のところへ行って、まさにこのことを尋ねようと考えていた。君は何を望み、どんな期待を抱いて私を悩ますのか。私がいつどこにいても、君はこの上なく熱心に付き添っているのだから。実のところ、君のしていることは何なのかと不思議に思っていて、ぜひ聞きたいのだ。
ソク:では君は、おそらく私の話を熱心に聞くだろう。君が言うとおり、私の考えを知りたがっているのなら。私は、聞いてくれる者、待ってくれる者に向かって話すのだ。
アル:もちろんだ。さあ、話してくれ。
ソク:ではよく見てくれ。私が始めるのに苦労したように、やめるのにも苦労するとしても、不思議ではないのだから。
アル:善き人よ、話してくれ。聞くから。
ソク:話さねばなるまい。恋する者が、恋する者たちに劣らぬ男に向かって近づくのは難しいことだが、それでも思い切って私の考えを述べねばならない。アルキビアデスよ、もし私が、いま述べたようなものに君が満足し、それらのうちで一生を送るべきだと考えているのを見たなら、私はとうに恋から離れていただろう。少なくとも、そう自分に言い聞かせている。だが今は、君の別の考えを、君自身に向かって告発しよう。それによって、私が君に心を向け続けてきたことも、君は知るだろう。というのも、もし神々の誰かが君にこう言ったとしたら、どうか。「アルキビアデスよ、いま持っているものを持ったまま生きたいか。それとも、もっと大きなものを手に入れることが許されないなら、今すぐ死にたいか」と。君は死ぬ方を選ぶだろうと、私には思える。では、君がいったいどんな期待で生きているのかを、私が言おう。君はこう考えている。もしアテナイの民会に早く登場すれば、それはごく数日のうちに起こるだろうが、登場して、アテナイ人たちに示すのだと。自分はペリクレスにも、かつていた誰にも劣らず敬われるに値する。そしてそれを示せば、この国で最大の力を持てる。ここで最大になれば、ほかのギリシア人のなかでも、いやギリシア人のなかだけでなく、私たちと同じ大陸に住む異国人のなかでも、そうなれる。さらにまた、同じこの神が君にこう言ったとしよう。君はここ、ヨーロッパで権勢を振るうべきだが、アジアへ渡って、そこの事柄に手を出すことは許されない。すると君は、またしても、それだけでは生きていたくないだろうと、私には思える。君の名と君の力で、言わば全人間を満たすのでなければ。そして君は、キュロスとクセルクセスのほかには、語るに値する者は誰も生まれなかったと考えている、と私は思う。君がこの期待を抱いていることを、私はよく知っている。推測ではない。それなら君はおそらく、私が真実を言っていると知っているので、こう言うだろう。「ソクラテスよ、それが、君が語ると言った話、つまり私から離れない理由とされる話と、どう関わるのか」と。*2では君に話そう。親愛なる、クレイニアスとデイノマケの子よ。君のこれらすべての考えに成就を与えることは、私なしには不可能なのだ。それほどの力を、私は君の事柄と君自身に対して持っていると思う。だからこそ、神が長いあいだ私に君と話すことを許さなかったのだと思う。私はいつ許されるかと待っていたのだ。君がこの国で、自分がその国にとってあらゆる価値のある者であると示せるという期待を抱き、示せば、直ちにできないことは何もなくなるという期待を抱くように、私もまた、君のもとで最大の力を持てるという期待を抱いている。自分が君にとってあらゆる価値のある者であると示すことによって。君が望む力を授けられるのは、後見人も親族も、ほかの誰も、私のほかにはいない。ただし、神とともにだが。君がまだ若く、これほどの期待に満ちる前には、神は君と語ることを許さなかった。無駄に語らないようにだと、私には思える。だが今は許した。今なら君は私の言うことを聞くだろうから。
*2 〔 角括弧について 〕底本では、次の語句が角括弧で括られている。本訳では、いずれも訳に含めなかった。(1)105dの「ὃν ἔφησθα ἐρεῖν, διὸ ἐμοῦ οὐκ ἀπαλλάττῃ;」。(2)105eの「ὅτι」。(3)109cの「τὸ δίκαιον」。(4)112cの「Κλεινίας」。(5)127cの「περὶ τούτων」。なお、105dには、入手元のデータに「>」の記号が混入している箇所がある(πρὸς ... >λόγον)。意味のうえで必要がないと判断し、訳には反映していない。
アル:ソクラテスよ、君は黙っていたときより、話し始めた今の方が、また一段と奇妙に見える。もっとも、あのときも君は十分にそう見えたが。さて、私がそんなことを考えているかどうか、君は見抜いたようだ。私が違うと言っても、君を説得する役には立たないだろう。よろしい。ではもし私が、まさにそのとおりのことを考えているとして、それが君を通して私に実現し、君なしには実現しないというのは、どういうことか。君は言えるのか。
ソク:長い話を言えるか、と君は尋ねているのか。君が聞き慣れているような話を。私のはそういうものではない。だが私は、それがそのとおりだと君に示すことができるだろうと思う。もし君が、ほんの一つだけ、ささやかな手伝いを承知してくれるなら。
アル:その手伝いが難しいことでないなら、承知しよう。
ソク:尋ねられたことに答えるのは、難しいと思うか。
アル:難しくない。
ソク:ではどうか、答えてくれ。
アル:尋ねてくれ。
〔 106c~109a について 〕
位置づけ:助言できる事柄をめぐる検討の部分。
概要:助言できるのは、学んだか自分で見つけたかして、自分が知っている事柄だけだと確かめられる。戦争と平和の「より良さ」が問われ、それは正しさにほかならないとされる。
ソク:では私は、君が考えていると私が言うことを、実際に君が考えているものとして尋ねるのだが、それでいいか。
アル:それでよい、君がそう望むなら。何を言うつもりなのかも知りたいからだ。
ソク:ではよいか。君は、私の言うところでは、近いうちにアテナイ人たちに助言するために登壇するつもりでいる。そこで、君が演壇に上ろうとするとき、私が君をつかまえてこう尋ねたとしよう。「アルキビアデスよ、アテナイ人たちが何について審議しようとしているときに、君は助言するために立ち上がるのか。彼らよりも君の方がよく知っている事柄についてか」と。君は何と答えるだろう。
アル:私はきっと、彼らよりよく知っている事柄についてだと答えるだろう。
ソク:では君が知っているその事柄については、君は良い助言者なのだ。
アル:もちろんだ。
ソク:では君が知っているのは、人から学んだか自分で見つけたか、そのいずれかのことだけではないか。
アル:ほかにどんなことがあるのか。
ソク:では、学ぼうとも自分で探そうともしなかったのに、何かを学んだり見つけたりすることは、ありうるか。
アル:ありえない。
ソク:ではどうだ。君は、知っていると思っていることを、探したり学んだりしようとしただろうか。
アル:いや、しなかっただろう。
ソク:では今君が知っていることは、知らないと考えていた時があったのだな。
アル:そうならざるをえない。
ソク:しかし君が学んだことなら、私もだいたい知っている。もし私が見落としていることがあれば言ってくれ。君は、私の記憶するかぎり、読み書きと竪琴と格闘を学んだ。笛は学ぼうとしなかったからな。君が知っているのはこれらだ。もし私の気づかぬうちに、どこかで何かを学んでいたのでなければ。だが、夜であれ昼であれ、家から出て学んでいたとは思わない。
アル:いや、これら以外の師のもとには通っていない。
ソク:ではアテナイ人たちが、文字について、どう書けば正しく書けるかを審議するとき、君は助言するために立ち上がるのか。
アル:ゼウスにかけて、私はしない。
ソク:では、竪琴の奏法についてか。
アル:決してしない。
ソク:格闘の技についても、民会で審議する習わしはない。
アル:確かにない。
ソク:では何について審議するときか。建築についてでは、まさかあるまい。
アル:もちろんそうではない。
ソク:建築家が、これらについては君よりよく助言するだろうから。
アル:そうだ。
ソク:予言術について審議するときでもないな。
アル:審議するときではない。
ソク:予言者のほうが、これらは君よりよく知っているから。
アル:そうだ。
ソク:その人が小さかろうと大きかろうと、美しかろうと醜かろうと、また生まれが高貴であろうとなかろうと、同じことだ。
アル:もちろんだ。
ソク:助言は、思うに、それぞれの事柄を知っている人のものであって、富んでいる人のものではない。
アル:もちろんだ。
ソク:助言する者が貧しかろうと富んでいようと、アテナイ人たちが国の事柄について、どうすれば健康でいられるかを審議するときには、何の違いもない。彼らは医者が助言者であることを求めるだろう。
アル:もっともなことだ。
ソク:では、何について検討しているときに、君は助言者として、正しく立ち上がるのか。
アル:自分たち自身の事柄についてだ、ソクラテスよ。
ソク:造船に関する事柄のことか。彼らがどのような船を造るべきかという。
アル:私はそうではない、ソクラテスよ。
ソク:君は船を造ることを知らないからだと思う。それが理由か、それとも別の理由か。
アル:いや、その理由だ。
ソク:では、自分たちのどんな事柄について審議するときのことを言っているのか。
アル:戦争について、ソクラテスよ、あるいは平和について、あるいはその他、国の何かの事柄についてだ。
ソク:それは、誰と和平を結ぶべきか、誰と戦うべきか、どのようにすべきかを審議するときのことか。
アル:そうだ。
ソク:しかもそれは、その方がより良い相手とすべきではないか。
アル:そうだ。
ソク:そして、その方がより良い時にすべきではないか。
アル:たしかにそうだ。
ソク:そして、その方がより良いだけの長さの間、すべきではないか。
アル:そうだ。
ソク:ではもし、アテナイ人たちが、誰と組み合って格闘し、誰と拳で打ち合うべきか、どのようにすべきかを審議するとしたら、君と体育教師とでは、どちらがより良く助言するか。
アル:体育教師に決まっている。
ソク:では君は、体育教師が、誰と格闘すべきで誰とはすべきでないか、またいつ、どのようにすべきかを助言するとしたら、何を見て助言するのか、言えるか。*3私が言うのはこういうことだ。より良い相手と格闘すべきか、そうではないか。
*3 〔 山括弧について 〕底本では、写本にはないが校訂者が補った語句が山括弧で括られている。本訳では、これらを訳に含めた。語句としては、107eの「ἂν」、122dの「εἰς」、132eの「τι」、134eの「ἄν」。発言全体が補われた箇所としては、115dの短い応答(「ναί.」)、115eの短い問答(「πάνυ γε.」と、それに続くソクラテスの一句)、128a–bの短い問答、133cの鏡と神をめぐる四つの発言がある。いずれも、底本の本文のまま訳した。
アル:そうだ。
ソク:またその回数も、より良いだけの回数か。
アル:その回数だ。
ソク:そして、より良い時にか。
アル:たしかにそうだ。
ソク:ではさらに、歌う者は、ときに歌に合わせて竪琴を弾き、足を踏むべきか。
アル:そうすべきだ。
ソク:それは、その方がより良い時にだな。
アル:そうだ。
ソク:そして、より良いだけの回数だけだな。
アル:そうだ。
ソク:ではどうか。君は、歌に合わせて竪琴を弾くことと、格闘することの両方について「より良い」と言った。では、竪琴を弾くことにおけるより良いものを、君は何と呼ぶか。私は、格闘におけるそれを体育的なものと呼ぶ。君はそちらを何と呼ぶのか。
アル:思いつかない。
ソク:では私をまねてみてくれ。私は、あらゆる場合に正しいあり方のものを答えた。正しいあり方とは、技術に従って行われるものだろう。そうではないか。
アル:そうだ。
ソク:そして、その技術は体育術だったな。
アル:もちろんだ。
ソク:私は、格闘におけるより良いものを体育的なものと言った。
アル:確かにそう言った。
ソク:では、それは立派な答えだったか。
アル:私にはそう思える。
ソク:さあ、今度は君が言ってくれ。君も、立派に語ることが似つかわしいはずだから。まず、竪琴を弾くこと、歌うこと、足を運ぶことが、正しく行われるとされる技術は何か。それら全部をまとめて何と呼ぶのか。まだ言えないのか。
アル:言えない。
ソク:ではこうしてみてくれ。その技術を司る女神たちは誰か。
アル:ムーサたちのことか、ソクラテスよ。
ソク:そうだ。ではよく考えてくれ。その技術は、彼女たちから取った何という名を持つか。
アル:君は音楽術のことを言っているように思える。
ソク:そうだ。では、この技術に従って正しく行われるものは何か。あちらでは、私は技術に従って正しいものを体育術のものだと君に言った。それと同じように、君はここで何と言うか。どのように行われると言うのか。
アル:音楽的に行われる、と私には思える。
ソク:よい答えだ。ではさらに、戦争におけるより良いことと、平和を保つことにおけるより良いこと、このより良いことを、君は何と名づけるか。あちらでは、それぞれについて、より良いというのは、一方ではより音楽的だということ、他方ではより体育的だということだと言っていた。ここでもそのより良さを言ってみてくれ。
アル:いや、私にはまったく言えない。
〔 109a~113c について 〕
位置づけ:正と不正の知をめぐる検討の部分。
概要:アルキビアデスは、正と不正をいつ、誰から知ったのかを答えられない。大勢の人々は教師ではありえないとされ、語ったのは自分自身だったと、アルキビアデスは認める。
― 試し読みはここまでです ―
全文のご案内は、本棚のこの作品のページにあります。
アルキビアデス第一
発行責任者(訳者):飯島健二
発行:古典書房
制作協力:Claude(claude-sonnet-5-5)
参照原典:ギリシア語原典『ΑΛΚΙΒΙΑΔΗΣ Αʹ』(John Burnet版, Platonis Opera, Tomus II, Oxford: Clarendon Press。入手元の書誌表示は1910年)
初版発行日:2026年10月31日
試し読み版
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注記:本サンプルは正本の冒頭(103a〜108e)のみを収録したものである。全文は正本でお読みいただける。