本HTMLは、プラトン(Πλάτων)の対話篇『パイドン』(原題:Φαίδων。古代の注釈者たちには『魂について』という題でも呼ばれた)の現代日本語訳である。ソクラテスが毒杯をあおぐ日(紀元前399年)の出来事を、その場に居合わせた弟子パイドンが、フレイウスの人エケクラテスに語って聞かせる形で、対話は進む。
底本(テキストデータ):John Burnet(ed.), Platonis Opera, Tomus I: Tetralogias I-II continens(Oxford: Clarendon Press, 1905年)所収 Φαίδων。入手元:Perseus Digital Library / Open Greek and Latin Project(CTS URN: urn:cts:greekLit:tlg0059.tlg004.perseus-grc2)。
本書は現代語訳のみを掲載し、直訳との切替は行わない(散文の哲学書であり、直訳併記の対象ではない)。
本文中の番号(例:80a)は、底本の欄外に付された「ステファヌス番号」であり、原典と対応させながら読み進める手がかりとなる。「底本頁」ボタンで常時表示に切り替えられる。『パイドン』は57aから118aまでの範囲にあたる。
冒頭と結びの対話の発言者は、底本の略号(ΕΧ.=エケクラテス、ΦΑΙΔ.=パイドン)に対応させて、「エケ:」「パイ:」と示した。本文の大半を占めるパイドンの語りの中の対話には、底本どおり、話者の表示を付けていない。語りの中で他の人が述べる言葉は「 」で示し、その中でさらに引用される言葉や、仮に語られる言葉は『 』で示した。一人の発言が底本で複数の段落にまたがる場合は、発言の始まりに「を、終わりに」を置き、途中の段落では括弧を開き直していない。ホメロスの詩句は、底本と同じく行を分け、「 」は用いていない。
底本で、校訂者が本文から除くべきものとして角括弧に入れた語句(45か所)は、訳出していない。校訂者が補った語句(山括弧、9か所)は、訳に含めた。うち、訳文の内容にかかわる2か所(78b、97a)は、注で示した。100dの「†」は、底本が本文の破損を疑った箇所であり、訳でも同じ位置に残した。
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解説・概説・用語集は、原典にない参考情報であり、底本の本文と、信頼できる資料で確認できる範囲で書いた。主な典拠は、Stanford Encyclopedia of Philosophy、Internet Encyclopedia of Philosophy、Encyclopaedia Britannica、Perseus Digital Library(ヘロドトス『歴史』)である(制作時点)。査読を経たものではない。本文の理解を助ける参考としてお使いいただきたい。
哲学原典を読む / 古典書房
ここで「魂」と訳すプシュケー(ψυχή)は、もとは息や命にかかわる語である。ホメロスの詩では、死んだ者の魂は、身体を離れて冥界へ下る、力のない影のようなものとして描かれる。生きている者を生かすものとしての魂と、死後に残るものとしての魂とは、まだ一つに結びついていなかった。
前6世紀のピュタゴラスは、魂が死後に別の身体へ移ると説いたとされる。本文も、秘儀の教えとして、人間は一種の見張りの持ち場に置かれていると語り(62b)、魂の「浄め」を述べる。こうした宗教的な見方が、この対話篇の背景にある。ピュタゴラス派の人ピロラオスの名も、本文に出る。
一方、自然を探究した哲学者たちは、万物の根源と、世界の秩序の原因を問うた。アナクサゴラスは、万物を秩序づけるものとして、知性(ヌース)を立てた。ソクラテスは、何も書き残さず、人にどう生きるべきかを問い続けた。前399年に、神々を認めず青年を堕落させたという罪で告発され、死刑の判決を受けた。その裁判は『ソクラテスの弁明』に、判決後の獄中の様子は『クリトン』に描かれている。
この対話篇は、魂が身体の死のあとも存続するのかという問いを、伝承や信仰に頼らず、議論によって確かめようとする。議論は一度で終わらず、反論が出され、それを受けて検討し直される。論証が積み重ねられ、疑われ、組み直される過程そのものが、読者に示される。
その議論の足場として、ソクラテスは、「美そのもの」「大きさそのもの」のように、個々の美しいものや大きなものとは別に、それらがそうであることの拠り所となるものがある、という前提を立てる。本訳で「型」と訳すエイドス(εἶδος)である。この前提を、確かめ終えた事実としてではなく、仮定(ヒュポテシス)として立て、そこから出てくる結果が互いに調和するかを調べる、という進め方も、ここで語られる。
また、ソクラテスが若いころ自然の探究に熱中し、「なぜそうなのか」という原因の問いに答えられなくなったと語る場面がある。物がなぜ生じ、なぜあるのかを、材料や仕組みによって説明することと、そのものにとって何が善いかによって説明することとの違いが、問題にされる。哲学者の営みを、死ぬことの修練になぞらえる語りや、議論そのものを憎むようになる危険への戒めも、この対話篇に特徴的である。
型についての考えは、プラトンの後の対話篇、たとえば『国家』などでも展開され、プラトン哲学の中心になっていった。一方、アリストテレスは、『魂について』で、魂を身体から切り離されたものではなく、生きた身体のあり方として論じた。また『形而上学』などで、型を原因とするプラトンの考えを批判的に検討した。
古代の後期には、新プラトン主義の哲学者たちがこの対話篇を重んじ、オリュンピオドロスの注解が書かれた。中世ラテン世界では、ヘンリクス・アリスティップスがラテン語に訳したが、ほとんど知られなかった。近代では、デカルトが魂と身体の区別を論じ、メンデルスゾーンは1767年に、この対話篇をもとにして魂の不死を論じる対話『パイドン』を著した。カントは『純粋理性批判』で、魂の実体性や単純性についての論証を批判的に検討した。
魂とは何か、心と身体はどういう関係にあるのか、普遍的なもの(型)は個々のものとは別にあるのか。これらの問いは、今日の哲学でも、形を変えて論じられている。
以下、()内は原則としてギリシア語原語。
ステファヌス版番号(Burnet版, 1905年)。番号をクリックすると本文の該当箇所へ移動する。
底本には章・節の見出しはなく、伝統的に参照されるステファヌス版番号(57~118)が付されているのみである。目次の4部構成は、内容にもとづいて便宜的に分けたものであり、底本に印字された境界ではない。
〔 57a~69e について 〕
位置づけ:対話の枠組みと、死を前にした哲学者についての語りにあたる部分。
概要:エケクラテスにたずねられて、パイドンが、ソクラテスの最後の日を語り始める。使節団の船の帰りを待つあいだ刑の執行が延びたこと、その日に居合わせた人々、獄中でのソクラテスの詩作が語られる。ソクラテスは、哲学者は死を喜んで迎えるはずだと言い、一方で、自分で自分を殺してはならないとも言う。続いて、身体と魂、感覚と思考、知恵と徳をめぐって、哲学者が死に近づこうと努めることの意味が述べられる。
*1 〔 話者の表示について 〕底本の冒頭と結びでは、対話の発言者が ΕΧ.(Ἐχέκρατης、エケクラテス)、ΦΑΙΔ.(Φαίδων、パイドン)の略号で示されている。本訳では、これと同じ考えで、「エケ:」「パイ:」と示した。それ以外の本文は、パイドンがエケクラテスに語って聞かせるもので、その中のソクラテスたちの対話には、底本どおり、話者の表示を付けていない。誰が語っているかは、「と彼は言った」などの語りの言葉から読み取れる。
*2 〔 「毒薬」について 〕原語 φάρμακον は、薬、毒、呪薬のいずれをも指しうる語で、ここでは毒の意味に用いられている。ソクラテスの死に用いられたのは、ドクニンジンの汁と伝えられるが、本作はその名を挙げない。
パイ:私自身がいた、エケクラテスよ。
エケ:では、あの人は死の前にどんなことを言ったのか。どのように最期を迎えたのか。私は喜んで聞きたい。というのも、フレイウスの人は、近ごろアテナイを訪れることがほとんどなく、あちらから来た客人も、長いあいだ一人もいない。これらのことについて、はっきりした何かを私たちに伝えられるような客人は、いなかったのだ。ただ、毒薬を飲んで死んだことだけは伝わったが、そのほかのことは何も語れなかったのだ。
パイ:それなら、裁判のことも、どのように進んだのか、聞いていないのか。
エケ:ええ、それは誰かが知らせてくれた。裁判はずっと前に行われたのに、死んだのはずっとあとのようだと知って、私たちは不思議に思った。いったいどういうわけだったのか、パイドンよ。
パイ:あの人に、ある偶然が起こったのだ、エケクラテスよ。裁判の前日に、アテナイ人がデロス*3へ送る船の艫に、ちょうど花輪がかけられたのだ。
*3 〔 デロスの使節団について 〕アテナイは、テセウスがクレタから無事に戻ったことへの感謝として、毎年、アポロンの聖地デロス島へ使節団(テオリア)を船で送った。船の出発から帰着までの間は、国を清く保つため、公の刑の執行をしない決まりであった。ソクラテスの裁判の前日に、アポロンの神官が船の艫に花輪をかけて使節団が始まったため、判決から刑の執行までの間が長くなった(58a~c)。
エケ:それはどういうことか。
パイ:これは、アテナイ人の言うところでは、かつてテセウスが、あの「七の二倍」の若者たちを連れてクレタへ向かい、彼らを救い、自分も救われたときの船だ。そのとき彼らはアポロンに願をかけ、もし救われたなら、毎年、神への使節団をデロスへ送ろうと誓ったと伝えられる。その使節団は、それ以来、今でも毎年、神へ送られている。使節団が始まると、船がデロスへ着いてまたこちらへ戻るまでは、その間、国を清く保ち、公けには誰も殺さない、という決まりが彼らにはある。行って戻るには、風に捕まったときなど、長い時間がかかることもある。使節団の始まりは、アポロンの神官が船の艫に花輪をかけるときだ。ちょうどそれが、いま言ったとおり、裁判の前日に起こった。こうした理由で、ソクラテスが牢獄で過ごした、裁判から死までの間は、長いものになった。
エケ:では、死そのもののときはどうだったのか、パイドンよ。どんなことが語られ、どんなことが行われたのか。あの人の親しい者たちのうち、誰がそこにいたのか。それとも、役人たちが立ち会いを許さず、友のいないまま死んだのか。
パイ:決してそうではない。何人かが立ち会っていた。しかも多くの人が。
エケ:そのすべてを、できるだけはっきり私たちに知らせてくれるよう、努めてほしい。もし君に、何か用事があるのでなければ。
パイ:暇はある。君たちに話して聞かせるよう、努めよう。ソクラテスを思い出すことは、自分で語るにせよ、ほかの人から聞くにせよ、私にはいつも何よりも楽しいのだ。
エケ:いや、パイドンよ、君には、聞き手としても、同じ思いの別の者たちがいる。だから、できるだけ正確に、すべてを順を追って話すよう努めてほしい。
パイ:そう、私はあの場に居合わせて、不思議な経験をした。親しい人の死に立ち会っているというのに、哀れみは少しも心に入らなかったのだ。あの人は、エケクラテスよ、その人柄も言葉も、幸福な人に見えた。恐れることなく、気高く最期を迎えたので、ハデスへ行くのでさえ、神の配分なしに行くのではなく、あちらに着いても、かつて誰かがうまくやったのなら、あの人もうまくやるだろう、と私には思われたのだ。そのため、悲しみの場にありそうに思われる哀れみは、私にはほとんど入らなかった。いつものように哲学のうちにあるときのような快さも、なかった。交わした議論は、そういう種類のものだったからである。むしろ、まったく奇妙な感情が私を襲い、快さと苦しさがいっしょに混ざり合った、経験したことのない混じり方をしていた。あの人がまもなく死ぬのだと考えていたからである。居合わせた者はほとんどみなそのような状態で、あるときは笑い、あるときは泣いていた。私たちのうちでも、とりわけそうだったのはアポロドロスだ。君はあの人と、その性格を知っているだろう。
エケ:知らないはずがあるだろうか。
パイ:では、あの人はまったくそのような様子で、私自身も、ほかの者たちも、心が乱れていた。
エケ:誰が居合わせたのか、パイドンよ。
パイ:このアポロドロスが土地の者として居合わせ、クリトブロスとその父*4、さらにヘルモゲネス、エピゲネス、アイスキネス、アンティステネスもいた。パイアニア区のクテシッポスとメネクセノス、それに、ほかにも土地の者の何人かがいた。プラトン*5は、病気だったと思う。
*4 〔 居合わせた人々について 〕ここに名が挙がるのは、ソクラテスの周りにいた人々である。クリトブロスはクリトンの息子で、『ソクラテスの弁明』(33d、38b)にも名が出る。ヘルモゲネスは『クラテュロス』に、クテシッポスとメネクセノスは『リュシス』『エウテュデモス』に登場する。アンティステネスは、のちにソクラテスの影響を受けた思想家として知られ、犬儒派の先駆けとされる。
*5 〔 プラトンの不在について 〕作者プラトンが、自分の名を作中に出す箇所は、きわめて少ない。『ソクラテスの弁明』では、裁判の場にいたことが語られ(34a、38b)、ここでは、この日は病気で居合わせなかったと語られる。
エケ:よその土地の人も何人かいたのか。
パイ:ああ、テーバイのシミアスとケベス*6、パイドンデス、メガラからはエウクレイデスとテルプシオンがいた。
*6 〔 ケベスとシミアスについて 〕シミアスはテーバイの人(59c)。二人はともに、ピロラオスの話を聞いたことがある(61d~e)。本作では、ソクラテスの相手として、議論の中心になる。
エケ:どうだ。アリスティッポスとクレオンブロトスは居合わせたのか。
パイ:いや、いなかった。アイギナにいると言われていた。
エケ:ほかにも誰かいたのか。
パイ:ほぼこの人たちが居合わせたと思う。
エケ:ではいったいどうなのか。どんな議論だったと言うのか。
パイ:はじめからすべてを君に話して聞かせよう。それまでの日々もずっと、私も、ほかの者たちも、ソクラテスのもとに通うのが習わしだった。牢獄の近くにある、裁判が行われた法廷に、夜明けに集まった。そのたびに、牢獄が開くまで、互いに時を過ごしながら待っていた。牢獄は早くは開かなかったのである。開くと、ソクラテスのもとへ入り、たいていは一日じゅう、あの人とともに過ごした。その日も、いつもより早く集まった。前日の夕方に牢獄を出たとき、船がデロスから着いたと聞いたからである。そこで、いつもの場所へできるだけ早く来るよう、互いに言い合った。私たちが着くと、いつも応対に出る門番が出てきて、待つように、自分が許すまでは入らないようにと言った。「十一人*7の役人が、ソクラテスの縄を解いているところで、今日死ぬようにと指示しているのだ」と、彼は言った。まもなく戻ってきて、私たちに入るよう言った。入ってみると、ソクラテスは縄を解かれたばかりで、クサンティッペは、君は知っているだろうが、あの人の幼い子を抱いてそばに座っていた。クサンティッペは私たちを見ると、叫び声をあげ、女たちがよく言うようなことを言った。「ソクラテス、これが、あなたの親しい人たちがあなたに話しかける、そしてあなたが彼らに話しかける、最後なのだ」と。するとソクラテスはクリトンのほうを見て、「クリトンよ、誰かこの人を家へ連れて帰ってくれ」と言った。
*7 〔 十一人について 〕アテナイで、牢獄の管理と刑の執行にあたった役人。ここでは、この役人たちがソクラテスの縄を解き、この日に死ぬよう告げている。
クリトンの家の者が何人か、彼女を連れて行った。彼女は叫び、胸を打っていた。ソクラテスは寝台の上に身を起こして座り、脚を曲げて手でこすった。こすりながら、こう言った。「皆よ、人々が快いと呼ぶものは、なんと奇妙なものだろう。それと反対と思われる苦しいものとの間に、不思議なほど自然な関係がある。この二つは同時には人に来ようとしないのに、一方を追って捕まえれば、ほとんどいつも、もう一方も捕まえざるをえない。二つのものでありながら、一つの頭に結びつけられたかのようだ。アイソポス*8がこれを思いついていたなら、一つの物語を作ったと思う。神がこの二つを、争い合うものとして和解させようとしたが、できなかったので、二つの頭を一つに結びつけた。そのため、一方が来た者には、あとからもう一方もついて来るのだ。私にも、そのようなことが起こっているらしい。縛めのせいで脚に痛みがあったが、いまは、その痛みのあとから、快さがついて来ているようだ」
*8 〔 ソクラテスの詩作について 〕ソクラテスは、同じ夢が繰り返し「音楽を作り、それに励め」と告げたと語る(60e~61b)。ここで「音楽」と訳したムーシケー(μουσική)は、ムーサ(詩歌と学芸の女神たち)に属する芸術一般を指し、詩作を含む。ソクラテスは、哲学こそ最大のムーシケーだと考えていたが、念のため、通俗の意味での詩を作った、と述べる。アイソポス(イソップ)は、動物を登場人物とする寓話の作者と伝えられる。
ケベスが話を受けて、こう言った。「ゼウスに誓って、ソクラテスよ、思い出させてくれてよかった。君が作った詩のことだ。アイソポスの物語を韻文にしたものや、アポロンへの序歌について、ほかの何人かが、先日はエウエノス*9も、すでに私に尋ねたのだ。ここへ来てから、なぜあれらを作る気になったのか、以前には何も作ったことがなかったのに。もしエウエノスにまた尋ねられたとき、私が答えられるようにすることが少しでも君の気にかかるなら、何と言うべきか言ってくれ。彼が尋ねるのは間違いないとわかっているのだ」
*9 〔 エウエノスについて 〕パロス島出身の詩人で、ソフィストとして報酬を取って教えた。『ソクラテスの弁明』(20a~c)にも、その名が出る。
ソクラテスは言った。「ではケベスよ、彼に本当のことを言ってくれ。彼や彼の詩と張り合おうとして、これらを作ったのではない。それが容易でないことは知っていたからである。ある夢が何を言おうとしているのかを確かめようとし、もしかするとこの種の音楽を作るよう何度も命じているのかもしれないと、その務めを果たしておこうとして、作ったのだ。次のようなことがあった。過ぎ去った生涯のなかで、同じ夢がしばしば私のもとを訪れ、あるときはこの姿、あるときは別の姿で現れ、同じことを言った。『ソクラテスよ、音楽を作り、それに励め』と。私は以前には、自分がしていることそのものを、夢が私に促し励ましているのだと受け取っていた。走る者に声援を送る人のように、夢も、私がしていることを励まし、音楽を作れと言っているのだと。哲学こそが最大の音楽であり、私がしているのはそれだ、ということである。ところが今は、裁判が行われ、神の祭りが私の死を妨げているので、もし夢が何度も、世間で言う音楽を作るよう命じるのなら、それに背かずに作るべきだと思われた。作らずに去るよりも、詩を作って、夢に従って務めを果たしてから去るほうが、安全だからである。そこで、まず今の供犠が捧げられている神に向けて詩を作った。その神のあとで、詩人というものは、詩人であろうとするなら、論ではなく物語を作らねばならない、そして自分は物語を作る者ではない、と考えた。そこで、手元にあって知っていたアイソポスの物語から、最初に出会ったものを詩にした。ケベスよ、こうしたことをエウエノスに告げてくれ。そして、息災であるように、それから、分別があるなら、できるだけ早く私のあとを追うように。私は、どうやら今日去るらしい。アテナイ人がそう命じているのだから」
シミアスは言った。「ソクラテスよ、エウエノスにそんなことを勧めるとは。私は何度もあの人に会ってきた。私の知るかぎりでは、あの人は自分からは、ほとんど決して君に従わないだろう」
「どうだ。エウエノスは哲学者ではないのか」と彼は言った。
「私にはそう思われる」とシミアスは言った。
「ならば、エウエノスも、この事柄に本当にふさわしくあずかる者はみな、進んで従うだろう。ただし、おそらく自分に暴力は加えないだろう。それは許されないと言われているからだ」そう言いながら、彼は脚を地面におろし、そのまま座って、残りの話をした。
そこでケベスが彼に尋ねた。「ソクラテスよ、自分に暴力を加えるのは許されないが、哲学者は死にゆく者に従おうとするだろう、とは、どういう意味か」
「どうしたのだ、ケベスよ。君もシミアスも、ピロラオス*10と交わったのに、こうしたことを聞いていないのか」
*10 〔 ピロラオスについて 〕ピュタゴラス派の伝統に数えられる哲学者。南イタリアのクロトンの出身とされ、のちにテーバイに滞在した。ケベスとシミアスは、そこで彼の話を聞いた(61d~e)。次に語られる、自分で自分を殺してはならないという教えを、ピロラオスから聞いたという。
「はっきりしたことは何も聞いていない、ソクラテスよ」
「私も、それらについて、聞いた話として語っているのだ。聞いたことを話すのに、惜しむ理由はない。実際、あちらへ旅立とうとする者には、あちらへの旅について、それがどのようなものと考えるか、よく調べ、物語ることが、おそらくもっともふさわしい。日没までの間に、ほかに何をすることがあるだろうか」
「それなら、どういう理由で、自分で自分を殺すのは許されないと言うのか、ソクラテスよ。私もまさに今君が尋ねたことを、私たちのところに滞在していたときのピロラオスから聞いたし、ほかの何人かからも、そうしてはならないと聞いた。だが、それについてはっきりしたことは、誰からも聞いたことがない。」
彼は言った。「努めなくてはならない。おそらくは聞けるだろうから。ただ、これだけは、ほかのすべてのことと違って単純で、ほかのことのように、あるときには、ある人々にとって生きるより死ぬほうがよい、ということが人間には決して起こらない、というのは、君には不思議に思われるかもしれない。そして、死ぬほうがよい人々にとって、自分で自分に善を施すことが敬虔でなく、ほかの恩人を待たねばならない、というのも、不思議に思われるかもしれない」
ケベスは静かに笑い、自分の土地のことばで「ゼウスがご存じだ」と言った。
ソクラテスは言った。「確かに、そう言えば筋が通らないと思われるだろう。しかし、おそらく筋が通っているところもある。秘儀*11のなかで語られる、これについての話、すなわち、私たち人間はある種の見張りの持ち場*12にいるのであって、自分をそこから解き放って逃げ去ってはならない、という話は、私には重大であり、見通しやすくないと思われる。だが、ケベスよ、次のことは、よく言われていると私には思われる。私たちの世話をしているのは神々であり、私たち人間は神々の所有物の一つである、ということだ。君にはそうは思われないか」
*11 〔 「秘儀」について 〕原文の ἀπόρρητα は「口外してはならないもの」の意で、入信者だけに明かされる教えや儀礼を指すと考えられている。どの教団のものかは、はっきりしない。
*12 〔 「見張りの持ち場」について 〕原語 φρουρά は、見張り、またその持ち場、守備隊、さらに牢獄をも指す語である。人間は神々のもとで、ある種の見張りの持ち場に置かれており、勝手に離れてはならない、という意味に解するほか、牢獄に閉じ込められている状態を言うと解する立場もある。訳では、前者に近い「見張りの持ち場」とした。
「私にはそう思われる」とケベスは言った。
「ならば、君の所有物の何かが、君が死んでほしいと示さないのに自分を殺したら、君もそれに怒り、罰する方法があるなら、罰するのではないか」と彼は言った。
「もちろんだ」と彼は言った。
「ならば、おそらくこの点で、神が何らかのやむをえない事情を、ちょうど今、私たちに現にあるあの事情のように、送るまでは、自分を殺してはならない、と言うのは筋が通らなくはない」
ケベスは言った。「それは、もっともなことに思われる。しかし、今言ったこと、つまり、哲学者は死ぬことをたやすく望むだろう、ということは、ソクラテスよ、奇妙に思われる。もし、さっき私たちが言ったこと、すなわち、私たちの世話をする者は神であり、私たちはその神の所有物である、ということが筋の通ったものであるならば。実際、いちばん思慮のある人々が、神々の世話のもとを去るのに腹を立てない、というのは、道理に合わない。そこでは、存在するもののなかで最もすぐれた監督者である神々が、彼らを見守っているのだ。自分が自由になれば、自分自身のことをもっとよく気づかえるなどと、思うはずがない。思慮のない人間なら、主人からは逃げねばならないと思うかもしれない。善い者からは逃げてはならず、できるだけそばにとどまらねばならないということを考えず、だから分別なく逃げるのだろう。だが知性のある人は、いつでも、自分よりすぐれた者のそばにいたいと願うだろう。そうだとすれば、ソクラテスよ、さっき言われたことと反対になるのが、ありそうなことだ。思慮のある人々が死ぬときに腹を立て、思慮のない人々が喜ぶ、というのが似つかわしいことになる」
これを聞いて、ソクラテスは、ケベスの探究を喜んでいるように、私には見えた。そして私たちに目を向け、こう言った。「ケベスはいつも、何かしら議論を探り出していて、人が何を言っても、すぐには進んで信じようとしない」
シミアスは言った。「しかし、ソクラテスよ、今度ばかりは、ケベスの言うことにも一理あるように、私には思われる。本当に知恵のある人々が、自分たちよりすぐれた主人から逃げ、たやすく離れようとするのは、いったい何を望んでのことか。ケベスは、君に向けてこの議論を言っているのだと、私は思う。君は、私たちを置いていくことにも、君自身が認めているとおり善い支配者である神々のもとを去ることにも、そんなにたやすく耐えているのだから」
「もっともなことを言う。君たちは、私がこれらのことに対して、法廷でのように弁明すべきだと言っているのだと、思う」と彼は言った。
「まさにそのとおりだ」とシミアスは言った。
彼は言った。「では、裁判員たちに対してよりも、君たちに対して、もっと説得力のある弁明をしてみよう。シミアスとケベスよ、私は、まず、ほかの知恵ある善い神々のもとへ行くだろうと信じ、次に、ここにいる人々よりすぐれた、すでに死んだ人々のもとへも行くだろうと信じていなかったなら、死に腹を立てずにいることは、不正だっただろう。だが今は、よく知っておいてくれ。私は、善い人々のもとへ行けると望んでいる。この点は、強く言い張るつもりはない。しかし、非常に善い主人である神々のもとへ行くことについては、よく知っておいてくれ、この種のことのうちで何かを強く主張するとすれば、これこそ主張するだろう。だからこそ、同じようには腹を立てず、死んだ者には何かがあり、そして昔から言われているとおり、善い者にとっては、悪い者にとってよりも、ずっとよいものがある、と、よい望みを抱いているのだ」
シミアスは言った。「どうなのだ、ソクラテスよ。君は自分ひとりでその考えを持ったまま去るつもりなのか。それとも、私たちにも分けてくれないか。私には、これは私たちにも共通の善であるように思われるし、同時に、君の言うことで私たちを説得できれば、それが君の弁明にもなるだろう」
「努めてみよう。しかしその前に、このクリトンが、さっきから何を言いたがっているように見えるか、それを確かめよう」と彼は言った。
クリトンは言った。「ほかでもない、ソクラテスよ、君に毒薬を与えることになっている人が、さっきから私に、君にできるだけ話をしないよう告げてほしい、と言っているのだ。話をする人はいっそう熱くなる、そのようなものを毒薬に近づけてはならない、と言う。そうしないと、そんなことをした人は、二度も三度も飲まねばならなくなることがある、と言うのだ」
ソクラテスは言った。「放っておけ。あの男のことは気にするな。ただ、あの男には自分の務めとして、二度でも、必要なら三度でも与えるつもりで、用意させておけ」
「そうだろうとほぼ知っていたが、あの男は、さっきから私に面倒をかけるのだ」とクリトンは言った。
彼は言った。「放っておけ。さて、裁判員である君たちに、今すぐ説明をしたい。私にはこう思われる。本当に哲学のうちに生涯を過ごした人が、死のうとするときに気を強く持ち、死んだあとにあちらで最大の善を得るだろうと、よい望みを抱くのは、もっともなことだ。それがどうしてそうなるのか、シミアスとケベスよ、私は語ってみよう」
「実際、正しく哲学に携わる人々は、ほかの人々に気づかれていないが、自分たちが実践しているのは、死ぬことと死んでいることのほかには何もない、と思われる。もしこれが真実なら、生涯のすべてを通じて、死ぬこと以外は何も望まず、ただそれだけを熱心に望んできたのに、それが来ると、昔から望み、実践してきたことに腹を立てるのは、奇妙なことだろう」
シミアスは笑って、言った。「ゼウスに誓って、ソクラテスよ、今は笑う気分でなかったのに、君は私を笑わせた。というのは、多くの人は、まさにそれを聞いたら、哲学している人々について実によく言ったものだと思うだろうからだ。私たちの土地の人々は、とりわけ強く同意するだろう。哲学している人々は、実際、死を望んでいるのであり、自分たちがそうなるに値することも、多くの人々には分かっている、と」
彼は言った。「自分たちには分かっている、という点を除けば、彼らの言うことは真実だ、シミアスよ。本当の哲学者が、どのような意味で死を望み、どのような意味で死に値し、どのような死に値するのかは、彼らには分かっていない。では、あの人々には別れを告げて、私たち自身のあいだで言おう。私たちは、死というものが何かあると考えているか」
「もちろんだ」と、シミアスが受けて言った。
「それは、魂が身体から離れることにほかならないのではないか。そして、死んでいるとは、身体が魂から離れて、それ自体として分かれて存在すること、魂が身体から離れて、それ自体として存在すること、なのではないか。死とは、これ以外の何かだろうか」
「いや、それだ」と彼は言った。
「では考えてくれ、善き人よ、君にも私と同じように思われるかどうか。これによって、私たちが調べていることについて、もっとよく知ることができると思う。食べ物や飲み物のような、いわゆる快楽に熱心になることは、哲学者らしいことに見えるか」
「少しもそうではない、ソクラテスよ」とシミアスは言った。
「では、性の快楽はどうか」
「まったくそうではない」
「では、身体にかかわるほかの世話はどうか。そういう人はそれを尊いものと考えると思うか。たとえば、すぐれた衣服や履き物を持つこと、そのほか身体にかかわる飾りを、尊ぶと思うか、それとも軽んじると思うか。それにあずかるやむをえない必要が、さほど大きくない限りで」
「軽んじると思う。少なくとも、本当の哲学者ならば」と彼は言った。
「では、全体として、そういう人の関心は身体にはなく、できるかぎり身体から離れて、魂に向いている、と思うか」
「そう思う」
「ではまず、こうしたことにおいて、哲学者は、ほかの人々とは違って、魂をできるだけ身体との交わりから解き放つ者であることが、明らかではないか」
「明らかだ」
「そして、シミアスよ、多くの人々には、こうした快さを何も持たず、それにあずかりもしない人は、生きるに値せず、身体を通じた快楽をまったく気にかけない人は、死んでいるのに近い、と思われているのだろう」
「まったく、そのとおりだ」
「では、思慮の獲得そのものについてはどうか。探究のなかで身体を仲間として加えるなら、身体は妨げになるか、ならないか。たとえば、こういうことだ。視覚と聴覚は、人間にとって何か真実を持っているのか。それとも、こういうことは詩人たちも私たちにいつも繰り返し言っているように、私たちは何も正確には聞かず、見もしないのか。身体にかかわる感覚のうちで、これらが正確でも明らかでもないのなら、ほかの感覚はなおさらそうだろう。ほかのものはみな、これらより劣るのだから。君にはそう思われないか」
「まったくそう思われる」と彼は言った。
「では、魂はいつ真理に触れるのか。というのも、身体とともに何かを調べようとするときは、そのとき魂が身体に欺かれることは明らかだ。」と彼は言った。
「君の言うとおりだ」
「では、魂にとって、存在するもののどれかが明らかになるのは、もし他のどこかであるとすれば、推論することにおいてではないか」
「そうだ」
「そして魂が最もよく推論するのは、これらのどれも、つまり聴覚も視覚も苦痛も何らかの快楽も、魂を悩ませないときだろう。できるだけ魂がそれ自体だけになり、身体にはかまわず、できるかぎり身体と交わらず、触れずに、あるものを求めるときだ」
「そのとおりだ」
「では、ここでも、哲学者の魂は身体を最も軽んじ、そこから逃れて、それ自体として存在することを求めるのではないか」
「そう思われる」
「では次のようなことはどうか、シミアスよ。私たちは、正しいものそれ自体が何かある、と言うのか、それとも何もないのか」
「ゼウスに誓って、言うとも」
「また、美しいもの、善いものも何かあるのか」
「あるに決まっている」
「では、こうしたもののどれかを、これまでに目で見たことがあるか」
「決してない」と彼は言った。
「ではまた、身体を通じたほかの何らかの感覚で、それらに触れたことがあるか。私が言うのは、あらゆるもののことだ。たとえば大きさ、健康、強さ、そのほか一言でいえば、すべてのものについて、それぞれがまさにそれであるところの本質のことだ。それらのうちで最も真なるものは、身体を通じて見られるのか。それとも、事情はこうなのか。私たちのうちで、調べているそれぞれのものそのものを、最もよく、最も正確に考える用意をした者が、それぞれを知ることに最も近づくのではないか」
「まったく、そのとおりだ」
「ではその人こそ、それを最も純粋に成し遂げるのではないか。すなわち、できるかぎり思考そのものによってそれぞれのものに向かい、考えるにあたって視覚をそばに置かず、推論に何かほかの感覚を引き入れもせず、思考そのものだけを純粋に用いて、それ自体として純粋なあるものそれぞれを捕えようとする人、目や耳から、いわば身体全体から、できるだけ離れる人ではないか。身体は、魂が身体と交わるとき、魂を乱し、真理と思慮を得させないからだ。シミアスよ、あるものに行き着く人がいるとすれば、それはこの人ではないか」
「君の言うことは、なんと真実であることか、ソクラテスよ」とシミアスは言った。
彼は言った。「ならば、これらすべてから、真に哲学する人々には、次のような考えが必ず生じるはずだ。そして彼らは、互いにこのようなことを言い合うだろう。『どうやら、ある種の細道のようなものが、私たちを外へ導いているらしい。私たちが身体を持ち、私たちの魂がそのような悪と混ざり合っているかぎり、私たちが欲するものを十分に得ることは決してないだろう。そして私たちは、欲するものとは真理だと言う。実際、身体は、必要な養いのために、数えきれない煩わしさを私たちにもたらす。そのうえ、病気が襲えば、存在するものの探求を妨げる。また、身体は、恋、欲望、恐れ、あらゆる種類の幻影、おびただしいたわごとで私たちを満たすので、本当によく言われるとおり、身体のせいで、私たちには思慮することすら、決して生じない。戦争も内乱も戦闘も、身体とその欲望のほかには何ももたらさない。すべての戦争は財産を得るために起こり、財産は身体のために得ざるをえず、私たちはその世話に奴隷として仕えている。こうしたすべてのせいで、私たちは哲学に割く暇がない。そして何よりも悪いことに、身体から離れて、いくらか暇ができ、何かを調べることに向かっても、探究のなかでまたあらゆるところへ割り込んで、騒ぎと混乱を引き起こし、私たちを動転させる。そのため、身体のせいで真実を見ることができない。だが実際、私たちには次のことが示された。もし私たちがいつか何かを純粋に知ろうとするなら、身体から離れ、魂そのものによって、事物そのものを見なければならない。そのときこそ、どうやら、私たちが欲し、愛し求めていると言うもの、すなわち思慮が、私たちのものになるのだろう。この議論が示すところでは、それは死んだあとであって、生きているあいだではない。身体とともには何も純粋に知ることができないのなら、二つのうち一方になる。知ることを得る場所はどこにもないか、死んだあとにあるか、のどちらかである。そのときにはじめて、魂は身体から離れて、それ自体として存在するのであり、それより前はそうではない。そして、生きているあいだも、どうやら、やむをえない場合を除いてできるだけ身体と交わらず、その本性に染まらず、神ご自身が私たちを解き放つまで、身体から清くいるならば、そのようにして知ることに最も近づくだろう。こうして身体の愚かさから清く離れるなら、おそらくは同じように清い者たちとともにあり、自分たち自身によって混じりけのないものすべてを知るだろう。それがおそらく真実なのである。清くない者が清いものに触れることは、許されないはずだからである』と。私はこう思う、シミアスよ。正しく知を愛する人々は皆、互いにこのようなことを言い、思うに違いない。君にはそう思われないか」
「まったくそのとおりだ、ソクラテスよ」
ソクラテスは言った。「ならば、友よ、これらが真実なら、私が向かうところへ着いた者には、もし他のどこかであるとすれば、そこでこそ、私たちが過ぎた生涯で多くの労苦をかけてきたものを十分に得られるという、大きな望みがある。だから、いま私に命じられている旅立ちは、よい望みとともにある。そして、自分の思考が、いわば浄められたものとして整えられていると考える、ほかの人にとってもそうだ」
「まったく、そのとおりだ」とシミアスは言った。
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パイドン
発行責任者(訳者):飯島健二
発行:古典書房
制作協力:Claude(claude-sonnet-5-5)
参照原典:ギリシア語原典『Φαίδων』(John Burnet版, Platonis Opera, Tomus I, Oxford, 1905年)
初版発行日:2026年10月30日
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