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饗宴

プラトン 著

この本について

本HTMLは、プラトン(Πλάτων)の対話篇『饗宴』(原題:Συμπόσιον、紀元前416年のアテナイを舞台とする)の現代日本語訳である。悲劇詩人アガトンが初めて競演に優勝した翌日、その祝いの宴の席で、集まった人々が、順にエロス(愛)について話をする。この宴の模様は、のちにアポロドロスが、宴に居合わせたアリストデモスから聞いた話として、友人たちに語る形で伝えられる。

底本(テキストデータ):John Burnet(ed.), Platonis Opera, Tomus II: Tetralogias III-IV continens(Oxford: Clarendon Press, 1901年)所収 Συμπόσιον。入手元:Perseus Digital Library / Open Greek and Latin Project(CTS URN: urn:cts:greekLit:tlg0059.tlg011.perseus-grc2)。

本書は現代語訳のみを掲載し、直訳との切替は行わない(散文の哲学書であり、直訳併記の対象ではない)。

本文中の番号(例:178b)は、底本の欄外に付された「ステファヌス番号」であり、原典と対応させながら読み進める手がかりとなる。「底本頁」ボタンで常時表示に切り替えられる。『饗宴』は172a~223dの範囲にあたる。

この作品には、発言者の交代を略号で示す対話の形が、ほとんどない。底本で略号が付くのは、冒頭の、アポロドロス(ΑΠΟΛ.)とその友人(ΕΤΑΙ.)の発言だけであり、本訳でも、これに対応させて「アポ:」「友人:」と示した。そのあとは、アポロドロスが、アリストデモスから聞いた宴の話を、最後まで語る形で進む。宴での発言は、底本どおり、語り手が間接に伝える形で訳し、「と彼は言った」「とソクラテスは言った」のように示した。底本が引用符で囲んだ直接の引用、ことわざ、詩句、発言の中でさらに語られる言葉は「 」で示した。ホメロス、ヘシオドスなどの詩句は、底本と同じく行を分けた。底本で、校訂者が補った語句(5か所)は、補われたものとして訳に含めた。

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解説・概説・用語集は、一般に流通している知見にもとづく参考情報であり、逐一の出典確認・査読を経たものではない。本文の理解を助ける参考としてお使いいただきたい。

哲学原典を読む / 古典書房

概説

1. 『饗宴』以前の哲学

題名のシュンポシオン(συμπόσιον)は、「ともに飲むこと」を意味する語である。古代ギリシアの男たちは、夕食をすませたあと、長椅子に横になって、ぶどう酒を水で割って回し飲みしながら、歌や詩や談論を楽しんだ。笛を吹く女たちが呼ばれることも多かった。誰が何を話すかは、宴の主催者が決めた。この対話篇は、この習わしを借りて、一人ずつ順に、愛をほめる話をするという趣向をとっている。
ここで「愛」と訳すエロス(ἔρως)は、人や美しいものに向かう、はげしい欲求を指す語である。ヘシオドスの『神統記』では、世界のはじまりに現れる力として歌われ、のちにはパルメニデスも、神々のうち最初につくられたものとして、エロスの名を挙げた。一方、アテナイでは、成人の男が年下の少年を愛慕し、少年がそれに応じるという習わしがあり、これをどう考えるかが、人々の間でしばしば論じられた。愛をどう考えるかは、人々の間で論じられる話題だった。
舞台は紀元前416年である。アテナイは、スパルタとの長い戦争のさなかにあった。悲劇の競演で初めて優勝したアガトンは、若く美しい詩人として、人々の注目を集めていた。ソクラテスは、すでに五十を過ぎ、人がどう生きるべきかを、人々との問答によって吟味する者として知られていた。自然の探究から、人間の探究へという流れの中に、この宴は置かれている。

2. 『饗宴』の哲学の革新

この対話篇には、一つの主張を順に述べていく講義のような部分が、ほとんどない。あるのは、宴の席で、人々が一人ずつ、愛についての話をする場面の連なりである。話は、神話、医術、習わしなど、それぞれ違う知識を持ち出して、同じ一つの主題を照らす。どの話も、愛をたたえることが目的であり、愛が何であるかを確かめるものではない。
この形の中に、哲学の問いが現れる。何かをほめるとき、ほめる相手が何であるかを知らないままでよいのか。よい点を並べることと、それが何であるかを知ることとは、同じなのか。これは、ソクラテスが人々との問答で繰り返してきた問い方を、愛という主題に向けたものである。愛を、人に起こる出来事としてだけでなく、何かを求める欲求として捉えるとき、求めるとは何を求めることか、求める者と求められるものとはどういう関係にあるのか、という問いが開かれる。この対話篇が哲学とされるのは、愛について、もっともらしい話を重ねるのではなく、愛とは何かを、理由をたどって問い直すからである。
もう一つの特徴は、議論が、理論としてだけでなく、一人の人物の姿とともに描かれることである。この対話篇では、話の内容と、それを語る人々の姿とが、切り離されずに置かれている。哲学が、主張を述べることだけでなく、どう生きるかにもかかわる営みであることを、読む人が、物語を通して受け取れるようになっている。

3. 『饗宴』以後の哲学

プラトン自身は、のちに『パイドロス』でも、愛を取り上げた。『饗宴』と『パイドロス』は、愛を人の営みの中心に置いて論じる点で通じ、並べて読まれてきた。アリストテレスは、愛そのものよりも、人と人との友愛を、徳や幸福にかかわる問題として、『ニコマコス倫理学』で詳しく論じた。愛を、一つの理論の主題から、人が共に生きる倫理の中へと置き直す方向は、ここから開かれていく。
プロティノスは、『エネアデス』で美と愛を論じ、新プラトン主義の流れの中で、この対話篇の考えを受け継いだ。ルネサンスのフィチーノは、1469年にこの対話篇の注解を完成させ、そこで用いられた考えが、「プラトニック・ラブ」という呼び名の由来になった。ただし、のちに日常語になった「プラトニック・ラブ」は、肉体を伴わない恋を指すことが多く、この対話篇が論じる愛の姿とは、かなり違っている。
20世紀にも、フロイトが『快原理の彼岸』(1920年)で、この対話篇の中の話に触れるなど、愛を考える際の手がかりとして、繰り返し取り上げられた。なお、アガトンは、のちにアテナイを去ってマケドニアへ移り、ソクラテスは前399年に処刑された。それを知って読み返すとき、宴の笑いと酔いは、また別の重さを持つだろう。

本書における重要な用語

以下、()内は原則としてギリシア語原語。

エロス(愛)ἔρως / Ἔρως
人や美しいものに向かう、はげしい欲求。語頭が小文字のἔρωςは「愛」、大文字のἜρωςは神の名として「エロス」と訳し分けた。ソクラテスは、愛を神としてではなく、欠けたものを求める欲求として捉え直す(200a~201c)。
愛慕者/愛される者/愛される少年ἐραστής / ἐρώμενος / παιδικά
愛を向ける側の者、愛を向けられる側の者、愛される側の少年。アテナイでは、成人の男が年下の少年を愛慕する習わしがあり、パウサニアスの話はその善し悪しを論じる(180c~185c)。
天の愛/万民の愛Οὐρανία / Πάνδημος
パウサニアスが区別する二つの愛。母のない天の女神ウラニアに属する愛は、精神を求め、思慮深いものとされる。ゼウスとディオネの娘である万民の女神に属する愛は、身体を求め、誰にでも向けられるものとされる(180c~181c)。
友愛φιλία
友としての親しみ。パウサニアスは、愛慕者と愛される者の間に生じる友愛を、僭主たちが好まないと述べる(182c)。
美しいものτὸ καλόν
形や姿の美しさにとどまらず、行いや学びや法の美しさをも含む語。ディオティマの話では、愛の向かう先であり、一つの美しい身体から、美そのものへと進む道の目印になる(210a~212a)。
善いものτὸ ἀγαθόν
よいこと、益になること。ソクラテスは、愛は、美しいものを求めると同時に、善いものがいつまでも自分のものであることを求める、と言い直す(204e~206a)。
産む/生み出すτόκος ἐν καλῷ
ディオティマの言う、美しいもののなかで産むこと。身体の上でも魂の上でも起こり、死すべき者が、不死にあずかるための営みとされる(206b~209e)。
ダイモンδαίμων
神と死すべき者との中間にある存在。人間の祈りや供犠を神々へ、神々の命令や報いを人間へと伝える。ディオティマは、エロスを大いなるダイモンとする(202d~203a)。
知を愛する/哲学φιλοσοφεῖν / φιλοσοφία
知恵(σοφία)を愛し求めること。ディオティマの話では、知恵のある者でも無知な者でもなく、その中間にいる者が、知を愛する者だとされる(203e~204b)。
制作ποίησις
存在しないものを存在させる働きすべてを指す、ひろい意味の語。のちに、そのうちの一部である詩作を指す語にもなった。ディオティマは、愛もこれと同じように、ひろい意味と狭い意味をもつと言う(205b~d)。
思わくδόξα
ものごとについての、そうだという思い。知識と無知の中間にあり、理由を述べることはできないが、真であることもある(202a)。
割り符σύμβολον
もとは一つのものを二つに割り、あとで合わせて確かめた片方のこと。アリストパネスは、人間はそれぞれ、切り離された半身を求める割り符だと言う(191d)。

目次

ステファヌス版番号(Burnet版, 1901年)。番号をクリックすると本文の該当箇所へ移動する。

原典構造一覧(ステファヌス版番号)

底本には章・節の見出しはなく、伝統的に参照されるステファヌス版番号(172~223)が付されているのみである。目次の3部構成は、内容にもとづいて便宜的に分けたものであり、底本に印字された境界ではない。

〔 172a~193e について 〕
位置づけ:語りの枠組みの導入と、宴の始まり、エロスをたたえる最初の四つの話にあたる部分。
概要:アポロドロスは、友人たちに、アガトンの宴の話をたずねられ、アリストデモスから聞いた話を語りはじめる。ソクラテスは、めかしこんで宴に向かい、途中で立ち止まって遅れて着く。食後、エリュクシマコスの提案で、順番にエロスをほめる話をすることになる。パイドロスは、愛が人に勇気と恥の感覚を与えると言う。パウサニアスは、天の愛と万民の愛を区別する。エリュクシマコスは、愛を、身体と宇宙の調和として論じる。しゃっくりの治ったアリストパネスは、人間がもとは丸い二重の存在だったという神話を語る。

アポ:*1自分では、君たちが尋ねていることについて、準備が足りないわけではないように思う。じつは先日、ファレロンの自宅から市内へ上っていく途中だった。知人のひとりが後ろから、遠くに私を見つけて呼びとめた。呼びかけ方をふざけながら、「おい、ファレロンの人、そこのアポロドロス、待ってくれないか」と言った。
私は立ちどまって待った。すると彼は言った。「アポロドロス、じつはついこのあいだも君を探していた。アガトンの集まりについて*2、詳しく聞きたかったのだ。ソクラテスやアルキビアデスやそのほか、そのとき晩餐に居合わせた人たちが、愛についてどんな話をしたかということだ。別の人が、フィリッポスの子フォイニクスから聞いたといって話してくれたが、君も知っているはずだと言っていた。だがその人は、はっきりしたことを何も話せなかった。だから君が私に話してくれ。友の語った話を伝えるのに、君ほどふさわしい者はいない。その前に、教えてくれ。君自身はその集まりに居合わせたのか、そうでないのか」。
私は答えた。「その話をした人は、まったく何もはっきり話さなかったようだね。君が尋ねる集まりを、私も居合わせられるほど最近のことだと思っているのだから」。
「そう思っているが」と彼は言った。
私は言った。「どうしてそうなるのか、グラウコン。アガトンが何年もこの地に来ていないのを知らないのか。私がソクラテスと過ごすようになり、毎日、彼の言うこと、することを知ろうと心がけるようになってから、まだ三年にもならない。それ以前は、行き当たりばったりにうろつき回り、何かしているつもりでいながら、だれよりもみじめだった。今の君に劣らず、哲学に励むこと以外ならなんでもするべきだと思っていたのだ」。
すると彼は、「からかうなよ。それより、その集まりはいつあったのか教えてくれ」と言った。
私は答えた。「まだ私たちが子どもだったころ、アガトンが初めて悲劇で優勝したときで、本人と合唱隊が祝勝の供犠をした日の翌日だ」。
「ずいぶん昔のことのようだね。だれが君に話してくれたのか。ソクラテス自身か」と彼は言った。
「いや、ゼウスにかけて違う。フォイニクスに話した人と同じ人だ。アリストデモスという男で、キュダテナイオン区の者だ。背が低く、いつも素足でいた。その集まりに居合わせた人で、当時の人のなかでも、ソクラテスの愛慕者として指折りだったと、私は思う。もっとも、私は彼から聞いたことのいくつかを、そのあとソクラテス自身にも尋ねた。ソクラテスは、あの人が話したとおりだと認めてくれた」と私は言った。
「それなら、なぜ私に話してくれなかったのか。市内へ行く道は、歩きながら話すにも聞くにも、ちょうどよいのに」と彼は言った。

*1 〔 話者の表示について 〕底本で略号が付くのは、冒頭の、ΑΠΟΛ.(Ἀπολλόδωρος、アポロドロス)とΕΤΑΙ.(ἑταῖρος、友人)だけである。本訳では、これと同じ考えで、「アポ:」「友人:」と示した。「友人」は人名ではなく、ἑταῖρος(仲間、友人)の訳である。宴の中での発言には、略号が付かず、語り手が間接に伝える形で進むため、訳でも、「と彼は言った」のように示した。

*2 〔 語りの枠組みについて 〕この対話篇は、何重にも伝えられた話の形をとる。宴は前416年に開かれた。それを、居合わせたアリストデモスがアポロドロスに話し、アポロドロスが、前400年ごろ(推定)に、友人たちにまた語る。アポロドロスは、ソクラテスと過ごすようになってから、まだ三年にならないと言う(172c~173a)。

こうして歩きながら、私たちはそのことについて話し合った。だから、はじめに言ったとおり、私は準備が足りないわけではない。そこで、君たちにも話さなければならないのなら、そうするべきだ。実際、私はほかの場合でも、哲学についての話を自分でするときも、他人がするのを聞くときも、ためになると思うことは別にして、この上なく喜ぶ。ところがそれ以外の話、とりわけ君たち金持ちや金儲けをする人々の話となると、自分でも苛立ち、君たち友人を気の毒に思う。何かをしているつもりで、じつは何もしていないからだ。君たちのほうでは、おそらく私を不幸な男だと考えているだろう。そして私は、君たちの考えは正しいと思う。だが私は、君たちが不幸だと思っているのではない。はっきり知っているのだ。

友人:いつもながら君は変わらないな、アポロドロス。君はいつも自分をも他人をもけなし、ソクラテスを除いて、みんなをみじめだと考えているように見える。しかも自分から始めてだ。「柔弱者」というこの呼び名を、どこから手に入れたのか、私は知らない。*3話の上では君はいつもそういう調子で、自分にも他人にも、ソクラテスは別として、腹を立てているからだ。

*3 〔 「柔弱者」というあだ名について 〕原文のμαλακόςは、「柔らかい」「軟弱な」を意味する語である。ここでは、アポロドロスのあだ名として挙がり、感情が激しく、泣きやすい人柄を指すと考えられている。『パイドン』の最後の場面でも、アポロドロスは、ひどく泣き崩れる人物として描かれている。

アポ:親愛なる友よ、そんなふうに考えるからこそ、私が自分についても君たちについても、狂って正気を失っているのは明らかだ、ということか。

友人:そんなことでいま言い争うのは、意味がない、アポロドロス。頼んだとおり、ほかのことはせず、どんな話があったのかを話してくれ。

アポ:さて、あの人たちは、おおよそ次のようだった。いや、むしろはじめから、あの人が話したとおりに、私も君たちに話してみよう。

彼が言うには、ソクラテスに出会ったとき、ソクラテスは体を洗い、サンダルを履いていた。それはソクラテスがめったにしないことだった。そこで、そんなにきれいになってどこへ行くのかと尋ねたという。

ソクラテスは、アガトンの家の夕食に行くところだと言った。昨日は、人の群れを恐れて、祝勝の宴の席でアガトンを避けてしまったが、今日は出席すると約束したのだ。それで身ぎれいにしたのは、美しい人のところへ美しくして行くためだ。ところで君は、招かれずに夕食に行く気があるだろうか、と彼は言った。

私は、君の言うとおりにしよう、と答えた、と彼は言った。

では、ついて来い、と彼は言った。ことわざを変えて、台なしにしてやろう。「アガトンの宴には、善き人々が招かれずに行く」というふうにだ。そもそもホメロスは、このことわざを台なしにするだけでなく、侮辱さえしたように思われる。アガメムノンを戦いにおいてとりわけすぐれた男とし、メネラオスを「柔弱な槍の使い手」としたうえで、アガメムノンが供犠をして宴を催しているとき、メネラオスが招かれずに宴に来るようにつくった。*4劣った者が、すぐれた者の宴に来るようにしたのだ。

*4 〔 ことわざの言い換えについて 〕原文は、「善き人々の宴には、善き人々が招かれずに行く」ということわざを、「アガトン(Ἀγάθων)の宴には」と言い換えている。アガトンという名が、「善い」を意味するἀγαθόςに似ていることを用いた言葉遊びである。ホメロスの『イリアス』では、メネラオスが、兄アガメムノンの宴に招かれないまま現れる。

私はこれを聞いて、こう言った、と彼は言った。おそらく私も、ソクラテスよ、君の言うようにではなく、ホメロスに従って、劣った者でありながら、賢い男の宴に招かれずに行くことになりかねない。だから、私を連れて行くのだから、どう弁明するか考えておいてくれ。私は招かれずに来たとは認めず、君に招かれて来たと言うつもりだから。

「二人連れ立って行くとき」と彼は言った。この道すがら、何と言うかを相談しよう。さあ行こう。

こんなことを話しながら二人は行った、と彼は言った。ソクラテスは、何か自分のことに心を向けるようにして、道すがら遅れてきた。待っていると、先に行けと言ったという。アガトンの家に着くと、戸が開いているのが見つかり、そこで何かおかしなことがあったと彼は言った。というのは、すぐに家の中の少年が出迎えて、ほかの人々が横になっている所へ案内し、まさに夕食を取ろうとしている彼らを見つけたからである。アガトンは彼を見るとすぐ、ああ、アリストデモス、ちょうどよいときに来た。いっしょに食事をしてくれ。ほかの用事で来たのなら、また別の機会にしてくれ。昨日も君を招こうと探したが、見つけられなかったのだ。それにしても、なぜソクラテスを連れて来ないのか、と言った。

私が振り返ると、ソクラテスがついて来る姿はどこにも見えない、と彼は言った。そこで私は、自分もソクラテスといっしょに来た、彼に招かれて夕食に来たのだと言った。

それは感心なことだ、と彼は言った。しかし、あの男はどこにいるのか。

つい今しがた、私のすぐ後ろから入ってきたのだが。私も、いったいどこにいるのかと不思議に思う。

おい少年、見てきて、ソクラテスを連れて入ってこないか、とアガトンは言った。それから、アリストデモス、君はエリュクシマコスのそばに横になるといい、と彼は言った。

少年が彼の足を洗って、横になれるようにした、と彼は言った。別の少年がやって来て、「あのソクラテスが、引き返して隣家の玄関先に立っています。私が呼んでも、入ろうとしません」と知らせたという。

おかしなことを言うものだ、と彼は言った。ではなぜ呼ばないのか。放っておくな。

すると私は、こう言った、と彼は言った。いや、放っておいてくれ。これは彼の癖なのだ。ときどき離れて、たまたま行き着いた所に立ちつくす。もうじき来ると、私は思う。だから、かまわずに放っておいてくれ。

では、君がそう思うなら、そうするべきだ、とアガトンは言った。少年たち、ほかのわれわれをもてなしてくれ。だれも君たちのそばに立って指図しないときは、いつも好きなものを何でも出してくれ。私はそんなことを一度もしたことがない。だから今も、私もこのほかの人たちも、君たちに夕食に招かれたものと思って世話をしてくれ。そうすれば君たちをほめることができる。

そのあと、彼らは食事をしたが、ソクラテスは入ってこなかった、と彼は言った。アガトンはしばしばソクラテスを呼びにやるよう命じたが、アリストデモスはそれを許さなかった。やがてソクラテスは、いつものように時間をつぶしはしたが、さほど長くはかけずに、やって来た。ちょうど彼らが食事の半ばにさしかかったころだった。アガトンは、ちょうど一番端にひとりで横になっていたのだが、こちらへ来て、ソクラテス、私のそばに横になってくれ、と言った。そうすれば君に触れて、君が玄関先で思いついた知恵のおこぼれにあずかれる。君はきっとそれを見つけて、持っているのだ。そうでなければ、先に離れたりはしなかっただろう。

ソクラテスは腰をおろして、言った。アガトンよ、知恵がそのようなものならいいのだが。つまり、触れ合うだけで、満ちているほうから空のほうへ、私たちのあいだを流れるようなものならばだ。杯の水が羊毛を伝って、満ちているほうの杯から空のほうの杯へ流れるようにだ。もし知恵もそうなら、君のそばに横になれることを私は高く買う。私は君から、多くの美しい知恵で満たされるだろうと思うからだ。私の知恵などつまらないもので、夢のようにあやしいものかもしれないが、君の知恵は輝かしく、大いに伸びる力をもっている。若い君から、先日、三万人を超えるギリシア人の証人の前で、あれほど強く輝きだし、はっきりと現れたのだから。

君は人を侮る男だな、ソクラテス、とアガトンは言った。知恵のことは、もう少しあとで、ディオニュソスを裁判官にして、君と私とで決着をつけよう。だが今は、まず食事に向かってくれ。

そのあと、ソクラテスが横になり、彼もほかの人々も食事を終えると、彼らは神酒をささげ、神への賛歌をうたい、そのほか定めどおりのことを行って、酒宴に移った、と彼は言った。そこでパウサニアスが、次のような話で口火を切った。さて、みなさん、と彼は言った。どうすれば最も楽に飲めるだろうか。じつを言うと、私は昨日の酒でひどい状態にあり、息つぎが必要だ。君たちの多くもそうだろうと思う。昨日も居合わせたのだから。だから、どうすれば、できるだけ楽に飲めるか、考えてほしい。

するとアリストパネスは言った。そのことはもっともだ、パウサニアス。何としても、酒盛りを楽にする手立てを整えるべきだ。私自身も、昨日、酒に浸された者の一人なのだから。

それを聞いて、アクメノスの子エリュクシマコスは言った。まったくそのとおりだ。もうひとつ、君たちから聞きたいことがある。アガトンは、飲むだけの体力があるかどうか、その具合はどうだろうか。

とんでもない、私自身も力がない、と彼は言った。

思いがけない授かりものだ、と彼は言った。どうやら私にも、アリストデモスにも、パイドロスにも、ここにいる者にも。飲む力のいちばんある君たちが、今になって音をあげたのだから。私たちはいつも飲めないのだ。ただしソクラテスは別にする。彼はどちらもできるので、われわれがどちらにしても、彼には足りる。そこで、ここにいる人々のだれも、たくさん酒を飲む気になっていないようだから、酔うということがどういうことか、本当のことを話しても、不愉快さはいくらか少なくてすむだろう。というのも、これは医術からして私には明らかになったと思うのだが、酔いは人間にとって厄介なものだ。私自身、できるかぎり深くまで飲みたいとは思わないし、他人にも勧めない。ことに私は、前日の酒がまだ残っているのだから。

まったくだ、とミュリヌス区のパイドロスが話を受けて言った。私はいつも君に従うことにしている。とくに医術について君が言うことはそうだ。今は、よく考える気があるなら、ほかの人々も従うだろう。これを聞いて、みなが同意した。今回の集まりは酔うためのものとはせず、ただ楽しみのために飲むことにする、と。

それでは、とエリュクシマコスは言った。各自が望むだけ飲み、強いられることは何もないと決まったのだから、次に私は提案する。いましがた入ってきた笛吹き女は、好きにさせよう。自分のために吹くなり、奥の女たちのために吹くなり、望みどおりにさせる。私たちは、今日は話によって互いに交わることにしよう。どのような話によるかは、君たちが望むなら、提案したい。

みなは、そうしたいと言い、提案するよう彼に命じた、と彼は言った。そこでエリュクシマコスは言った。私の話の始まりは、エウリピデスの『メラニッペ』にならう。「その話は私のものではなく」と言うとおり、これから述べる話は、ここにいるパイドロスのものだからだ。パイドロスは、そのたびごとに私に憤慨して、こう言うのだ。「エリュクシマコス、ひどいことではないか。ほかの神々のためには、詩人たちがつくった賛歌やパイアンがあるのに、エロスのためには、これほどの年長で、これほど大きな神であるのに、これまでに現れたあれほど多くの詩人のだれひとりとして、賛辞をひとつもつくったことがないとは。それに、すぐれたソフィストたちを見てみようと思うなら、ヘラクレスやほかの者たちへの賛辞を散文で書いている。たとえば最もすぐれたプロディコスがそうだ。これはそれほど不思議ではない。だが私は、ある知者の本に出会ったことがある。そこには、有益さについて驚くべき賛辞を受けた塩が出てきた。そのほか、同じようなものが、たくさんほめられているのを見ることができる。そういうものについては大いに熱心になりながら、エロスをふさわしく賛美しようと思い切った人間が、今日の日までひとりもいない。これほどの神が、こんなに顧みられていないのだ」。このパイドロスの言うことは、もっともだと私には思われる。そこで私は、彼のために私の分を出して、喜ばせたいと思う。同時に、今ここに居合わせる私たちが神を飾ることは、この場にふさわしいと思われる。だから、君たちにも賛成なら、私たちにとって、話のうちで十分な時間つぶしになるだろう。私たちめいめいが、右回りに、できるかぎり美しく、エロスをたたえる話をするのがよいと思う。まずパイドロスが始める。彼が最初に横になっているし、この話の父でもあるのだから。

エリュクシマコス、君に反対の票を入れる者はだれもいないだろう、とソクラテスは言った。愛にかかわること以外は何も知らないと言っている私が、拒むはずはないし、アガトンとパウサニアスも、拒むはずがない。アリストパネスも拒まない。彼の時間はすべてディオニュソスとアプロディテに費やされているからだ。ほかにも、私が見ているこの人たちのだれも拒まないだろう。ただ、いちばん後ろに横になっている私たちには、条件が同じではない。それでも、前の人たちが十分に美しく話してくれれば、それで私たちには足りる。さあ、幸運とともに、パイドロスが始めて、愛をたたえるがいい。

このことに、ほかの人々もみな賛成し、ソクラテスと同じことを求めた。みなが言ったことを、一人一人について、アリストデモスはすべて覚えていたわけではなく、私も彼が話したことをすべて覚えているわけではない。だが、とくに覚えておくに値すると私に思われた人々の話を、一人ずつ君たちに話そう。

彼が言うには、まず、いま言ったとおり、パイドロスがこのあたりから話し始めた。エロスは偉大な神であり、人間にも神々にも驚嘆される存在である。その理由は多くのことにあるが、とくに生まれにある。この神が、最も年長の神々のなかにいるということは尊いことである、とパイドロスは言った。その証拠はこうである。エロスの両親というものは、いないし、素人であれ詩人であれ、だれも語ってもいない。ヘシオドスは、まずカオスが生じたと言い、

それからのち
胸の広いガイア、万物の永遠にゆるがぬ座、
そしてエロス

ヘシオドスにはアクシラオスも同意して、カオスのあとにこの二つ、大地とエロスが生じたと言う。パルメニデスは、生成について次のように言う。

あらゆる神々のうち、まず最初にエロスを、彼女は考え出した

こうして多くの典拠から、エロスは最も年長の神々のなかにいることが認められている。最年長であるから、私たちにとって最大の善いものの原因となる。というのは、私には、若いうちからの人にとって、よい愛慕者にまさる善いものや、愛慕者にとっての愛される少年にまさる善いものがあるとは言えないからである。立派に生きようとする人々が生涯にわたって導きとすべきものを、血縁もこれほど立派に植えつけることはできないし、名誉も富も、そのほかの何も、愛ほどにはできない。では、それは何か。恥ずべきことに対する羞恥と、美しいことに対する名誉心である。これらがなければ、国であれ個人であれ、大きく美しい事業をなしとげることはできない。そこで私は言う。愛している男が、何か恥ずべきことをしているところを見つかったり、臆病から報復しないで、だれかに何かをされているところを見つかったりするなら、父に見られても、仲間に見られても、そのほかのだれに見られても、愛される少年に見られるほどには苦しまないだろう。これと同じことは、愛される者についても見られる。何か恥ずべき状態にいるところを見られると、とくに愛慕者たちの前で恥じるのだ。そこで、もしも何かの方策で、愛慕者と愛される少年とからなる国か軍隊ができたなら、自分たちの国を、あらゆる恥ずべきことを遠ざけ、互いに名誉を競い合うことによって治める以上にうまく治める方法はない。そして互いに並んで戦うなら、こうした者たちは、少数であっても、いわば全人類に勝つだろう。なぜなら、愛している男は、持ち場を捨てたり武器を投げ捨てたりしているところを愛される少年に見られるくらいなら、ほかのあらゆる人に見られるほうをまだしも受け入れるだろうし、そうなるよりは何度でも死ぬほうを選ぶだろうからである。愛される少年を見捨てたり、危険にあるときに助けなかったりすることについていえば、どんなに卑しい者でも、エロスその人が神がかりの状態にして徳へ向かわせ、生まれつき最もすぐれた者と同じようにしないことはない。ホメロスが、神は何人かの英雄に力を吹きこんだと言った、まさにそのとおりのことを、エロスは、愛する者たちに、自分のもとから生じさせて与えるのである。

さらに、愛する者たちだけが、他人のために死ぬことをすすんで引き受ける。男だけでなく、女もそうである。これについては、ペリアスの娘アルケスティスが、ギリシア人に向けて、この主張のための十分な証拠を示している。彼女は、自分の夫のために死のうと、ひとりだけ進んで引き受けた。夫には父と母がいたのに、である。彼女は、愛のゆえに、その両親に友愛においてはるかにまさっていたので、彼らが息子にとって他人であり、名のうえで縁続きであるにすぎないことを示してしまった。そして、この行いをなしとげたとき、彼女はたいへん美しい行いをしたと、人間にだけでなく神々にも思われた。多くの人々が多くの美しい行いをしてきたのに、神々がこの褒美、すなわち魂をハデスから再び送り返すという褒美を与えたのは、数えるほどのわずかな者にだけだった。だが神々は、その行いに感嘆して、彼女の魂を送り返した。このように、神々も、愛にかかわる熱心さと徳をとりわけ尊ぶのである。一方、オイアグロスの子オルペウスを、神々は目的を果たさせないままハデスから送り返した。彼が会いに来た妻の幻を見せはしたが、妻自身は渡さなかった。琴弾きの歌い手だけあって柔弱に思われ、アルケスティスのように愛のために死ぬことをあえてせず、生きたままハデスに入ろうと策をめぐらしているように見えたからである。だからこそ神々は、そのために彼に罰を与え、その死が女たちの手によって起こるようにした。それは、テティスの子アキレウスを尊び、幸福な人々の島々に送ったのとは違う。アキレウスは、ヘクトルを殺せば自分は死に、そうしなければ家に帰って老いて死ぬと母から聞いて知っていながら、愛慕者パトロクロスを助けて仇を討ち、彼のために死ぬだけでなく、彼が死んだあとに続いて死ぬことをも、あえて選んだ。そこで神々は大いに感嘆して、彼を特別に尊んだ。愛慕者をそれほど大切にしたからである。ところがアイスキュロスは、アキレウスがパトロクロスを愛していたと主張して、たわごとを言っている。アキレウスは、パトロクロスよりも美しく、英雄たちすべてよりも美しく、まだひげもなく、それに、ホメロスの言うように、はるかに年下であった。じつのところ、神々はたしかに、愛にかかわるこの徳を最も尊ぶのだが、とりわけ驚嘆し、感嘆し、恩恵をほどこすのは、愛される者が愛慕者を愛する場合であって、愛慕者が愛される少年を愛する場合ではない。愛慕者は、愛される少年より神的だからである。神がかりだからだ。こうした理由から、アキレウスをアルケスティスよりも尊び、幸福な人々の島々に送ったのである。

こうして私は、愛は神々のうち最も年長で、最も尊く、人間が生きているときも死んだあとも、徳と幸福を得るために最も力のある神だと主張する。

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饗宴

発行責任者(訳者):飯島健二

発行:古典書房

制作協力:Claude(claude-sonnet-5-5)

参照原典:ギリシア語原典『Συμπόσιον』(John Burnet版, Platonis Opera, Tomus II, Oxford, 1901年)

初版発行日:2026年10月28日

試し読み版

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