ヘーゲル

Georg Wilhelm Friedrich Hegel

1770年8月27日 — 1831年11月14日
神聖ローマ帝国シュトゥットガルト生まれ

略歴

シュトゥットガルトの役人の家に生まれる。ラテン語学校で優秀な成績を収め、1788年にテュービンゲン神学校に進む。シェリングやヘルダーリンと同室となり、フランス革命の衝撃を共に受けた。神学の学位を取得したが、牧師にはならなかった。

1801年にイェーナ大学の私講師となり、ナポレオンのイェーナ入城(1806年)の前夜に『精神現象学』を完成させた。その後バンベルクで新聞編集者として、ニュルンベルクでギムナジウム(高校)の校長として過ごした後、1816年にハイデルベルク大学教授、1818年にベルリン大学教授となり、生涯をそこで終えた。

主要著作

『大論理学』と神

『大論理学』の序論には、よく知られた一文がある。論理学の内容は「神の叙述であり、自然と有限な精神が創造される前の、永遠の本質における神の叙述である」。ヘーゲルにとって論理学は、思考の形式を整理する道具ではなく、真理そのもの、したがって神そのものを叙述する学である。

ヘーゲルは、カントによる神の存在論的証明の批判を、正面から受け止めつつ読み直す。概念論では、概念が自らを客観性へと実現していく移行が、神の概念から神の存在への移行、すなわち存在論的証明と同じ構造をもつとされる。デカルトの「神とはその概念がその有を自らのうちに含むものである」という思想を、ヘーゲルは「最も崇高な思想」と呼ぶ。

論理学の歩みは、有から本質へ、本質から概念へと進み、最後に絶対的理念に至る。絶対的理念はあらゆる規定性を含み、自己規定によって自己へと帰る運動である。そして終わりにおいて、絶対的なものは自らを自由に自然として解き放ち、世界を創造しようと決意するものとして認識される。

この書に沿って「神」を定義するとすれば

ヘーゲルは神を一文で定義する代わりに、論理学全体を神の叙述と呼んだ。それゆえ定義は、序論の宣言、存在論的証明をめぐる概念論の議論、そして絶対的理念の章をつなぐことで得られる。

定義文

『神とは、自然と有限な精神が創造される前の、永遠の本質において、論理学そのものが叙述する真理である。純粋な概念は絶対的な神的な概念そのものであり、その概念は自らのうちに有を含み、自らを客観性へと実現する。その完成した姿である絶対的理念は、あらゆる規定性を自らのうちに含みつつ自己へと帰る運動であり、最後には自らを自由に自然として解き放ち、世界を創造しようと決意する。』

論理学は、純粋理性の体系として、純粋な思想の国として捉えられるべきである。この国は、覆いなしに、それ自体でそれだけである真理そのものである。だから、この内容は、神の叙述であり、自然と有限な精神が創造される前の、永遠の本質における神の叙述である、と言い表すことができる。

概念が自らを客観性へと規定する移行は、ふつう形而上学において、神の概念から神の定有への推論、すなわち存在論的証明として現れたものと同じである。デカルトの最も崇高な思想、すなわち神とはその概念がその有を自らのうちに含むものであるという思想は、形式的な推論の悪い形式へと落ち込んでしまった。しかし、純粋な概念が絶対的な神的な概念そのものであるならば、あの論理的な経過は、神の有が自らの概念から出てくる、その経過そのものとなる。

絶対的理念は、理論的理念と実践的理念との同一性であり、哲学の唯一の対象であり内容である。それはあらゆる規定性を自らのうちに含み、その本質は、自己規定によって自己へと帰ることにある。自然と精神とは、絶対的理念の定有を示す区別された仕方であり、芸術と宗教と哲学とは、絶対的理念が自らを把握する仕方である。そして展開の終わりにおいて、絶対精神は、自由に自己を外化し、世界を創造しようと決意するものとして認識される。

生没年・略歴は一般的な資料に基づく。定義文と本文の要約は、古典書房のヘーゲル『大論理学』翻訳HTML(有論 序論、概念論 客観性への移行・絶対的理念)に基づく。

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