本HTMLは、トマス・アクィナス『存在するものと本質について(De ente et essentia)』(ラテン語、1252年~1256年頃成立)の翻訳です。中世スコラ哲学を代表する小著であり、「存在するもの(ens)」と「本質(essentia)」という二つの根本概念を、実体・付帯性・類・種・種差といった論理的な捉え方との関係とあわせて論じています。
底本:Sancti Thomae Aquinatis Doctoris Angelici Ordinis Praedicatorum Opera Omnia, t. 16: Opuscula theologica et philosophica, Vol. I(Parmae: Typis Petri Fiaccadori, 1864年)所収 Opusculum XXVI. De ente et essentia(pp. 330–337)。原典(ラテン語本文)は別ファイルで公開しています。
翻訳方針:本作品は詩・断片ではなく散文の哲学書であるため、直訳併記は行わず、現代語訳のみを掲載しています。ラテン語特有の語法・術語については、初出箇所に解説(後述)へのリンクを付し、本文中には括弧書きの説明を加えていません。
解説について:本文中の解説・概説・用語集は、一般に流通している哲学史・スコラ哲学研究の知見にもとづいて作成していますが、逐一の出典確認や査読を経たものではありません。本文の理解を助けるための参考としてお使いいただき、学術的な典拠が必要な場合は、専門の研究書・校訂版に当たることをお勧めします。
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知の地図シリーズ / 古典書房
アリストテレスは『形而上学』において、「存在(ト・オン)」が単一の意味を持つ語ではなく、実体を第一の意味としながら、量・質・関係などの範疇(カテゴリー)へと類比的に広がっていく語であることを示した。また、個々の事物が何であるかを言い表す働きを担うものとして「本質(ト・ティ・エーン・エイナイ)」という概念を提示し、実体は形相と質料の複合であるという分析を残した。
この遺産は、9世紀以降のイスラム世界で大きく展開される。とりわけアヴィセンナ(イブン・シーナー、980年頃~1037年)は、主著『治癒の書』形而上学篇において、「本質(マーヒーヤ)」そのものは、それが現実に存在するか否かを含意しないという分析を行い、「存在(ウジュード)」と「本質」を概念上分離した。この区別は、後にラテン西欧の哲学に大きな影響を与えることになる。
一方で、アリストテレスの著作は12世紀にアラビア語からラテン語へ本格的に翻訳され、大きな注釈書を残したアヴェロエス(イブン・ルシュド、1126年~1198年、本書では「注解者(Commentator)」と呼ばれる)の解釈とともにヨーロッパの大学へ流入した。13世紀のパリ大学・ドミニコ会の学問世界は、こうしてギリシア・アラビア双方の哲学的遺産を同時に受け継ぎながら、これをキリスト教神学の枠組みのうちにいかに位置づけるかという課題に直面していた。
アクィナスは本書において、アヴィセンナが提示した「本質」と「存在」の区別を引き継ぎながら、これをより厳密な形而上学的テーゼへと鍛え直した。すなわち、被造物においては、その本質(それが何であるか)を完全に理解しても、それが現実に存在するかどうかは、そこから論理的に導かれない。人間や不死鳥が何であるかを理解することと、それが実在するかどうかを知ることとは別のことである、と本書は述べる。ここから、いかなる被造物においても「本質」と「存在(esse)」とは実在的に異なるものであるという結論が導かれる。
この区別が及ぶ範囲は、質料をもつ事物にとどまらない。アクィナスは、質料を伴わない純粋な知性的実体(天使的知性)についても、なお本質と存在の区別が成り立つことを示す。純粋に単一であり、自らの本質がそのまま自らの存在であるようなものは、ただ一つ、神のみでありうる。神以外のすべての存在するものは、自らの存在を自らの本質から得るのではなく、外部から、すなわち神から受け取ることによってのみ存在する。この構図は、被造物の存在論的な依存性、いわば「なぜ何もないのではなく、何かがあるのか」という問いに対する、アクィナス独自の形而上学的な回答の骨格をなしている。
本書で示された「本質と存在の実在的区別」は、その後のスコラ哲学における最大の係争点の一つとなった。ドゥンス・スコトゥス(1266年頃~1308年)は、本質と存在は実在的にではなく形相的にのみ区別されるとして、より穏やかな区別を主張した。これに対しフランシスコ・スアレス(1548年~1617年)は、両者は概念上の区別(理性的区別)にすぎないとする立場をとり、近世スコラ哲学における一大論争の起点を作った。
近代以降、この区別は一時的に形而上学の主題としては後景に退くが、20世紀にはエティエンヌ・ジルソンらフランスの新トマス主義者によって再評価され、「存在(esse)を存在の行為(actus essendi)として捉える」アクィナスの立場が、本質を中心に据える伝統的形而上学(本質主義)に対する独自の「実存の形而上学」として位置づけ直された。また、20世紀の過程哲学を代表するアルフレッド・ノース・ホワイトヘッド(1861年~1947年)の存在論も、実体を固定した本質としてではなく生成・現実化の過程として捉える点で、しばしばアクィナス的な本質・存在の区別と対比的に論じられている。
本書では、アリストテレスは常に固有名詞ではなく「哲学者(Philosophus)」という呼称で言及される。これは中世スコラ学に共通する慣用表現であり、数多くの権威ある哲学者の中でアリストテレスをただ一人「あの哲学者」として指し示すものである。同様に、アリストテレスの大注釈者アヴェロエスは、固有名詞ではなく「注解者(Commentator)」という呼称で言及される。本文中でこれらの語が現れる箇所には、初出時に限り解説へのリンクを付している。
本書が示す「神・天使・人間の魂・複合実体・付帯性」という段階的な階層は、「大いなる存在の連鎖(scala naturae)」と呼ばれる、より大きな思想史的な枠組みの一部である。この階層構造自体は、プラトン・アリストテレス・新プラトン主義(プロティノス)に由来する、古代ギリシア哲学の遺産であり、キリスト教が発明したものではない。しかし中世を通じて、この階層は宗教的・社会的な権威づけの道具としても用いられた。5~6世紀の偽ディオニュシオス・アレオパギテスは、天使を9階級に分類する『天上位階論』と、教会組織を論じる『教会位階論』とを対にして著し、教会の階級制度を天上の秩序の写しとして正当化した。同様の発想は、国王を頂点とする封建的な身分制度の正当化にも用いられ、近世イングランド王ジェームズ1世の「王への反逆は神への反逆である」という言葉にも表れている。トマス自身も、パリ大学での托鉢修道会をめぐる論争において、教皇の権威が地元司教の権威に優越することを、同種の階層的存在論を用いて擁護している。
キリスト教の教義とギリシア哲学の関係についても補足しておく。キリスト教そのものは、1世紀のユダヤ教的な終末思想を土台に成立した宗教であり、ギリシア哲学から生まれたものではない。しかし、325年のニカイア公会議・451年のカルケドン公会議で確定した「三位一体」「キリストの神性と人性」という中心教義そのものが、「本質(ウーシア)」「位格(ヒュポスタシス)」「自然本性(ピュシス)」というギリシア哲学の語彙を用いて定式化されており、教義を語るための言葉そのものを、教会はギリシア哲学から借用してきたという経緯がある。
この枠組みの中でのトマスの独自性は、「存在(esse)」を、事物が現実に働いているという"はたらき"そのもの(存在の行為、actus essendi)として捉え直した点にあるとされる。アヴィセンナまでの「本質と存在の区別」は、概念上の区別にとどまっていたが、トマスはこれを、あらゆる完全性の中でもっとも根源的な"はたらき"へと組み替え、本質を中心に据える伝統的形而上学から、存在を中心に据える形而上学へと重心を移した。20世紀のフランスの新トマス主義者エティエンヌ・ジルソンは、この転換をトミズム全体の核心と位置づけている。
トマス・アクィナス(1225年頃~1274年)は、現在のイタリア南部にあたるロッカセッカに、神聖ローマ皇帝フリードリヒ2世と縁戚関係にあった貴族の家に生まれた。幼少期にモンテ・カッシーノ修道院、ついでナポリ大学で学んだのち、1244年頃、家族の強い反対を押し切って、当時まだ新興の托鉢修道会であったドミニコ会に入会する。名門ベネディクト会への入会を期待していた一族はこれに激しく反発し、一時トマスを幽閉してまで翻意させようとしたが、最終的にトマス自身の意志が通った。その後、パリおよびケルンで、当代随一の碩学と目されたアルベルトゥス・マグヌス(大アルベルトゥス)に師事し、パリ大学の神学教授を2度にわたって務めたほか、教皇庁のもとでローマ・ナポリ・オルヴィエートなどでも教鞭を執った。主著に、未完に終わった大全『神学大全』、および『対異教徒大全』があるほか、アリストテレス注解・聖書注解を数多く残している。本書『存在するものと本質について』は、これらの大著に先立つ1252年~1256年頃、トマスがまだパリで学生の身分にあった初期に書かれた小論とされ、後の壮大な体系の"種"にあたる著作だと言える。1274年、リヨン公会議へ向かう途上、フォッサノーヴァ修道院で客死した。1323年に列聖され、1567年には教会博士の称号「天使的博士(Doctor Angelicus)」を受けている。
トマスが入会したドミニコ会(正式名称は説教者兄弟会、Ordo Praedicatorum)は、スペイン出身の聖ドミニコ(1170年頃~1221年)が、南フランスに広がっていたカタリ派(アルビジョワ派)という異端に対抗するため、1216年に創立し、教皇ホノリウス3世の認可を受けた修道会である。異端者を武力で弾圧するのではなく、神学教育を受けた説教者が正しい教義を説いて説得することで対抗すべきだという発想が、会全体の性格を決定づけている。同時代のフランシスコ会と同じく、広大な土地や財産を持たず施しによって生活する托鉢修道会である点、また「観想の実りを他者に分け与える(contemplata aliis tradere)」という理念のもと、神学研究と説教活動そのものを修道生活の中心に据え、パリ・ボローニャ・ケルンといった中世の大学へ積極的に進出していった点に特徴がある。こうした学問・大学教育を重んじる会の気風が、後にトマスをして『神学大全』のような大著を著させる土台になったと言える。なお、説教による異端対策という出発点から、ドミニコ会は後に異端審問(インクィジション)の主要な担い手にもなっていった。
本書が前提とする「神・天使・人間の魂・複合実体・付帯性」という段階的な階層(大いなる存在の連鎖)は、トマス以後の哲学史において、繰り返し疑問に付され、解体されてきた。まずスコラ哲学の内部から、ドゥンス・スコトゥス(1266年頃~1308年)は、「存在」という語は神についても被造物についても同じ意味で(一義的に)使われなければならないと主張し、トマスが階層を成り立たせる土台とした「類比」という考え方を掘り崩した。近世に入ると、スピノザ(1632年~1677年)は、存在するものはすべて唯一の実体(神即自然)の様態にすぎないとする一元論により、階層そのものを水平化した。19世紀には、ニーチェ(1844年~1900年)が、「真の世界」を「見せかけの世界」より上位に置くプラトン主義・キリスト教的な発想全体を、弱者の怨恨が生んだ虚構として批判し、同時代のダーウィン(1809年~1882年)の進化論は、下等な生物から高等な生物へ一直線に並ぶ固定した梯子という発想を、分岐していく「生命の樹」というモデルに置き換えた。20世紀には、サルトル(1905年~1980年)が「実存は本質に先立つ」というテーゼによって、あらかじめ本質が存在に先立つというトマス的な発想を、少なくとも人間については反転させ、ドゥルーズ(1925年~1995年)は、あらゆる存在者を上下関係のない「内在平面」に置く哲学を展開した。現代でも、グレアム・ハーマンらの「オブジェクト指向存在論」が「フラット存在論」を掲げ、原子も人間も存在するものとしては対等であると主張しているほか、デリダ(1930年~2004年)の「脱構築」は、西洋哲学が「形相/質料」「実体/付帯性」のように片方をもう片方より上位に置く二項対立によって組み立てられてきたことそのものを批判の対象としている。
以下、()内は原則としてラテン語原語。
(試し読み版では緒言・第一章のみを公開しています)
始まりにおけるわずかな誤りは、終わりには大きな誤りとなる。これは哲学者*1が『天体論』第一巻で述べている通りである。存在するものと本質、この二つこそ、知性が最初に把握するものである。これはアヴィセンナ*2が『形而上学』第五巻で述べている通りである。それゆえ、この二つについての無知から誤りが生じることのないよう、まずこの難点を解き明かさなければならない。本質および存在するものという名前が何を意味するのか、これらの名前がさまざまなもののうちにどのように見いだされるのか、そして類・種・種差という論理的な捉え方*3とどのような関係にあるのか、これらをまず論じる必要がある。複合的なものから単純なものについての認識を得て、後にあるものから先にあるものへと至ることが、学びの順序として適切である。それゆえ、まず存在するものの意味から出発し、次に本質の意味へと進むことにする。
*1 「哲学者」――中世スコラ哲学において、この呼称は固有名詞を伴わずにアリストテレスひとりを指す慣用表現である。数多くいる権威ある哲学者の中でアリストテレスだけがこう呼ばれた背景には、アヴェロエスがアリストテレスを「哲学者そのひと」として位置づけて以来、注釈家たちがこの呼び方を踏襲してきたという事情がある。ここで引かれているのは、アリストテレス『天体論』第一巻にある、始まりの小さな誤りが終わりには大きな誤りになるという趣旨の言葉である。トマスが本書の冒頭を自分自身の言葉ではなく、この一節の引用から始めているのは、当時の学術文書に共通する書き方の型による。自説を新しい主張として提示するのではなく、既存の権威と連続する論として位置づけることで、論の正当性を示すという方法である。特にこの一文は、これから行う「存在」と「本質」の厳密な定義作業がいかに重要であるかを、読者にあらかじめ印象づける役割も果たしている。
*2 「アヴィセンナ」――ラテン語名。本名はイブン・シーナー(980年頃~1037年)、ペルシア出身の哲学者・医学者である。中世イスラム世界を代表する知識人で、哲学(形而上学・論理学・自然学)と医学の両分野で権威とされた。医学書『医学典範』は、ヨーロッパの大学で17世紀まで教科書として用いられている。哲学面では、主著『治癒の書』の形而上学篇(ラテン語訳で「Metaphysica」または「Metaph.」として引用される)が、本書でトマスが繰り返し参照する文献である。アヴィセンナの哲学は、アリストテレスの形而上学を一神教の枠組みのもとで再構成したものであり、「本質はそれ自体としては存在するかどうかを含意しない」というテーゼ、すなわち本質と存在を概念上区別するという、本書全体を貫く中心的な区別も、もとをたどればアヴィセンナの議論に由来する。なお、この出典箇所について、底本(パルマ版)は「『形而上学』第五巻」とするが、標準的な校訂版(レオニナ版)では「彼の形而上学の冒頭で」となっており、参照箇所の表記に違いがある。
*3 「論理的な捉え方(intentiones logicae)」――ラテン語intentioは「志向・めがけること」を原義とし、中世スコラ哲学では「知性がある対象をめがけて作り出す、頭の中の把握のしかた」を指す専門語として使われる。物そのものへ直接向かう把握(第一の把握)に対し、類・種・種差のように「物事をどう分類して考えているか」という把握のしかたそのものを、もう一段上から捉えたものは「第二の把握」と呼ばれる。類・種・種差は、物そのものの中にラベルとして存在するのではなく、知性が物事を捉える際のやり方として存在する、というのがこの語の趣旨である。この語は本書全体の構成上も重要で、緒言のこの箇所と、本書最後の一文(第七章末尾)に同じ語が現れ、論考全体を挟む形になっている。
「存在するもの」の二つの意味を区別したうえで、「本質」という語はそのうちの第一の意味(十の類に分けられる存在するもの)からのみ取られることを示す。あわせて、本質の異称である「何性」「形相」「自然本性」がそれぞれ何を強調する呼び方かを整理する。
哲学者が『形而上学』第五巻で述べているように、存在するものはそれ自体としては二通りに言われるということを、まず知っておく必要がある。一つの仕方では、存在するものは十の類*1へと分けられるものとして言われる。もう一つの仕方では、存在するものは命題の真理を意味するものとして言われる。この両者の違いは次の点にある。たとえ事物のうちに何も定立しないとしても、それについて肯定命題を形づくることができるものはすべて、第二の仕方では存在するものと言われうる。この仕方によって、欠如や否定も存在するものと言われる。たとえば私たちは、肯定は否定に対立する、盲目は目のうちにある、と言う。第一の仕方で存在するものであると言われうるのは、事物のうちに何かを定立するものだけである。したがって、この仕方では、盲目やこれに類するものは存在するものではない。それゆえ、本質という名は、第二の仕方で言われる存在するものから取られるのではない。この仕方では、本質を持たないものも存在するものと言われるからであり、それは欠如の場合に明らかである。本質という名は、第一の仕方で言われる存在するものから取られる。注解者*2は、同じ箇所でこう述べている。「第一の仕方で言われる存在するものとは、事物の実体を意味するものである。」先に述べたように、存在するものはこの仕方では十の類へと分けられるのだから、本質は、さまざまな存在するものがそれぞれの類のうちに位置づけられるもとになる、あらゆる自然本性に共通するものを意味しなければならない。たとえば、人間性は人間の本質であり、他のものについても同様である。事物をそれ固有の類や種のうちに成り立たせるもの、それを私たちは、事物が何であるかを示す定義によって意味している。それゆえ、本質という名は、哲学者たちのもとで何性という名へと置き換えられる。哲学者が『形而上学』第七巻でしばしば「何であったところのもの」と呼ぶのは、これのことである。すなわち、それによって何かがしかじかのものとして存在を持つところのもの、という意味である。本質はまた形相とも呼ばれる。形相によって、それぞれの事物の完全性ないし確定性が意味されるからである。アヴィセンナが『形而上学』第二巻で述べている通りである。本質はまた別の名で自然本性とも呼ばれる。これは、ボエティウス*3が『両性論』で挙げる四つの意味のうち、第一の意味における自然本性の受け取り方による。すなわち、自然本性とは、何らかの仕方で知性によって捉えられうるものである、という意味においてである。事物が知性によって把握されうるのは、その定義と本質によってのみだからである。哲学者もまた『形而上学』第四巻で、あらゆる実体は自然本性である、と述べている。このように受け取られた自然本性という名は、事物の本質を、それが事物に固有のはたらきへの秩序ないし秩序づけを持つという点において意味するように思われる。あらゆる事物が、それに固有のはたらきを備えているからである。これに対して何性という名は、定義によって意味されるという点から取られる。本質という名は、それによって、またそれのうちで、事物が存在を持つという点において言われる。
*1 「十の類」――アリストテレス『範疇論(カテゴリー論)』に由来する、事物のあり方を尽くすとされる十の根本的な分類。実体・量・質・関係・場所(どこにあるか)・時(いつであるか)・位置ないし姿勢・状態ないし所持・能動・受動の十種である。このうち実体は、それ自体で存立する在り方であり、残りの九つ(量・質・関係・場所・時・位置・状態・能動・受動)は、いずれも実体に宿ることによってのみ存在する付帯性の下位区分にあたる。トマスは本書でこの分類そのものの説明はせず、既知の前提として「十の類」とだけ言及する。付帯性の類・種差を扱う後の章で、このうち量・質の二つだけが簡単に例示される。
*2 「注解者」――「哲学者」(アリストテレス)と対になる中世スコラの慣用呼称で、アリストテレスの大注釈者アヴェロエス(イブン・ルシュド、1126年~1198年)を指す。ここで引かれているのは、アヴェロエスによる『形而上学』注解(いわゆる大注解)の一節である。トマスは、アリストテレスの原文だけでなく、アヴェロエスの注解を通してアリストテレスを読んでいることが多く、本書でもしばしばこの二人が並んで引用される。なお、この引用文について、底本(パルマ版)は「事物の実体(substantiam)を意味する」とするが、標準的な校訂版(レオニナ版)では「事物の本質(essentiam)を意味する」となっている。直後に続く「本質は共通の自然本性を意味しなければならない」という議論へのつながりは、レオニナ版の読み方の方が自然である。
*3 「ボエティウス」――アニキウス・マンリウス・セウェリヌス・ボエティウス(480年頃~524年頃)、古代末期ローマの政治家・哲学者。アリストテレスの論理学著作をラテン語に翻訳し、中世西欧における論理学教育の基礎を築いた。獄中で著した『哲学の慰め』でも知られる。ここで参照されている『両性論(De duabus Naturis et una persona Christi)』は、キリストの二つの本性(神性と人性)と一つの位格という神学的主題を論じる小著だが、その冒頭で「自然本性(natura)」という語の一般的な意味を四通りに整理しており、トマスはここでその哲学的な分類を借用している。
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存在するものと本質について
発行責任者(訳者):飯島健二
発行:古典書房
制作協力:Claude(claude-sonnet-4-6)
参照原典:ラテン語原典『De ente et essentia』(Parmae: Typis Petri Fiaccadori, 1864年, Opera Omnia t. 16)
初版発行日:2026年 7月 4日
改訂版発行日:2026年9月13日
試し読み版
本書の現代語訳・解説・用語集その他の創作部分について、著作権は発行責任者に帰属します。私的使用のための複製を除き、著作権者の許諾なく複製・転載・再配布することを禁じます。
注記:本HTMLは、トマス・アクィナス『存在するものと本質について』(De ente et essentia)の日本語訳(正本)から、緒言・第一章のみを抜粋した試し読み版である。第二章から第七章までの本文は正本でご覧いただける。底本はSancti Thomae Aquinatis Doctoris Angelici Ordinis Praedicatorum Opera Omnia, t. 16所収 Opusculum XXVI. De ente et essentia(Parmae: Typis Petri Fiaccadori, 1864年)である。概説・用語集・本文中の解説は、一般に流通している哲学史・スコラ哲学研究の知見にもとづく参考情報であり、逐一の出典確認・査読を経たものではない。