タイトルだけはよく知られているのに、中身を尋ねられると答えに詰まる本の代表格が、カント『純粋理性批判』かもしれない。今日は、この書名そのものが何を意味しているのかを、じっくり読み解いてみたい。
「批判」は非難ではない
「批判」という言葉を聞くと、多くの人は「悪く言うこと」「欠点を指摘すること」を思い浮かべる。しかし、カントが1781年(初版)、1787年(第二版)に世に出した『純粋理性批判』という書名の「批判」は、まったく別の意味で使われている。
ドイツ語の原題は Kritik der reinen Vernunft。この「Kritik」は、ある能力について、それがどこまで正当に働きうるのか、その範囲と限界をあらかじめ吟味する、という意味を持つ言葉である。医者が患者を治療する前に検査をするように、理性という道具を実際に使う前に、まずその道具そのものの性能を検査しよう、というのがカントの企てである。
純粋理性――経験に頼らない理性
「純粋理性」の「純粋」も、同じように誤解されやすい言葉である。ここでの「純粋」は、道徳的な清らかさとは関係がない。経験からの混じり気が一切ない、という意味である。
理性には、経験に助けを借りて働く部分と、経験から完全に独立して、理性だけで完結する働きの部分とがある。世界には始まりがあるのかないか、魂は不滅かどうか、神は存在するかどうか――こうした問いに答えようとするとき、理性は経験の助けを借りることができない。経験の届く範囲をはるかに超えた問いだからである。この、経験ぬきで働く理性の部分を、カントは「純粋理性」と呼ぶ。
独断のまどろみから覚める
カントがこの企てに乗り出した背景には、当時の哲学が置かれていた行き詰まりがある。ライプニッツやヴォルフに連なる伝統的な形而上学(合理論)は、経験に頼らず、理性の力だけで、神の存在や魂の不滅、世界の始まりまで証明できると考えていた。カントは若い頃、この立場に立っていた。
ところが、イギリスの哲学者ヒュームの懐疑論に触れたことで、事情が変わる。ヒュームは、私たちが当然のように信じている「原因と結果の結びつき」でさえ、理性による必然的な証明ではなく、単なる習慣にすぎないと指摘した。カントは後に、これが自分を「独断のまどろみ」から目覚めさせたと述懐している。理性は本当に、自分が思っているほど確実なものを認識できるのか――この疑問が、『純粋理性批判』全体の出発点になった。
理性を、理性自身が裁く
ここでカントが試みるのは、非常に奇妙な作業である。理性の限界を調べる作業そのものを、理性自身にやらせるのだ。カントはこの企てを、しばしば法廷にたとえて語っている。理性という被告人を、理性という裁判官が裁く法廷――理性自身が、自分自身の権利の範囲を審理する場、というわけである。
これは循環しているようにも見える。しかしカントは、他に方法がないと考えた。理性の外側に立って、理性を評価できる何かがあるわけではない。理性にできるのは、自分自身の働き方を丹念に振り返り、どこまでが確実な足場で、どこから先が根拠のない飛躍なのかを、内側から見極めることだけである。
この法廷は、独断論と懐疑論という、二つの極端のあいだに位置している。独断論は、理性の権利を無条件に認め、経験を超えた対象についてまで証明できると思い込む。懐疑論は逆に、理性の権利をほとんど認めず、確実な知識そのものを疑ってしまう。カントの批判哲学は、このどちらでもない第三の道――理性に、正当な範囲内でなら確かな権利を認め、その外側では慎み深くあることを求める道――を切り開こうとする試みである。
なぜ、この厳しい結論が重要なのか
そして『純粋理性批判』は、驚くほど厳格な結論に達する。純粋理性は、空間・時間という感性の形式のもとで与えられ、悟性のカテゴリーによって規定された、経験の対象についてしか、確実な認識をもつことができない。世界に始まりがあるかどうか、魂が不滅かどうか、神が存在するかどうか――これらについて、理性だけで証明することは、原理的にできない。
一見すると、これは知の可能性を狭める、後ろ向きな結論に思える。しかしカント自身は、これを知の土台を守るための、積極的な作業だと考えていた。理性が身の丈を超えて暴走し、根拠のない独断に陥ることを防ぎ、逆に、理性の限界の外にある領域――道徳や信仰――に、別の仕方で場所を残すこと。それが、この一見厳しい書物の、本当の狙いだったのである。
次回からは、この吟味が実際にどのように進められていくのかを、章を追って見ていきたい。最初の舞台は、私たちがものを感じ取るときにいつも働いている、空間と時間である。