「イデア」という言葉は、哲学に詳しくない人でも一度は耳にしたことがあるかもしれません。目の前の美しいものとは別に、「美そのもの」がどこかにある――プラトンのこの考えは、西洋哲学の歴史を通じて、もっとも有名で、もっとも議論を呼んだ学説の一つです。では、プラトンはなぜ、わざわざ目に見えない別の世界を立てなければならなかったのでしょうか。この問いに、弟子の立場から答えているのが『形而上学』第一巻第六章です。アリストテレスは若き日、プラトンの学園アカデメイアで約二十年を過ごしました。
二つの源流――ヘラクレイトスとソクラテス
アリストテレスによれば、プラトンの哲学は、多くの点で先の人々に従いつつも、ピュタゴラス派とは異なる独自の点をもっていました。その背景として挙げられるのが、二つの出会いです。
一つ目は、若い頃に交わったクラテュロスを通じて親しんだヘラクレイトスの説です。感覚されるものはすべて常に流転しており、それらについての知識は成り立たない。プラトンは後年になっても、この見解を保持していた、とアリストテレスは書いています。
二つ目は、師ソクラテスです。ソクラテスは倫理的な事柄を考察し、自然全体については考察しませんでした。しかし――
「しかし彼は、これらの倫理的な事柄のうちに普遍的なものを探求し、定義について思考を集中させた最初の人物であった。」(第一巻第六章 987b)
勇気とは何か、正義とは何か。一つひとつの行いではなく、それらに共通する「何であるか」を言葉で捉えようとする営みです。
変わり続けるものに、定義は成り立たない
この二つが出会うと、一つの難問が生まれます。ソクラテスの言うように、定義はたしかに求めるべきものだ。けれども、ヘラクレイトスの言うように、感覚されるものがすべて流れ去っているのなら、何を定義すればよいのか。プラトンの結論はこうでした。感覚されるものはすべて絶えず変化しているので、「それらについて共通の定義が成り立つはずはない」。だから、定義の営みは、感覚されるものにではなく、別の種類のものに向けられなければならない。
プラトンは、この別の種類の存在するものを「イデア」と呼びました。そして、感覚されるものはすべて、イデアとは別にありながら、イデアに従って名指されると考えました。同じ名をもつ多くのものは、形相への「分有」によって存在する、というのです。イデアは、流転の世界に定義のよりどころを確保するために考え出されたもの――アリストテレスの説明は、そう読むことができます。
プラトンのイデア論の成り立ちが語られる第一巻第六章は、翻訳HTMLの試し読み版で、全文を無料でお読みいただけます。
「分有」は、名前を変えただけ
ここで、アリストテレスの筆は早くも辛口になります。「分有」という語について、アリストテレスは、それは「名を変えただけのことにすぎない」と言います。ピュタゴラス派は、存在するものは数の「模倣」によって存在すると言った。プラトンはそれを「分有」と言い換えただけだ、というのです。そして、形相への分有や模倣がいったい何であるのかについては、「両者ともに共通に探求することを怠った」。
さらにプラトンは、感覚されるものと形相のあいだに、数学的な対象を置きました。数学的な対象は、永遠で不動であるという点で感覚されるものと異なり、同じようなものが多く存在するという点で、それぞれただ一つしかない形相と異なる。前の記事で見たピュタゴラス派が事物そのものを数だと言ったのに対し、プラトンは数を感覚されるものとは別に立てた。この違いも、アリストテレスは丁寧に書き分けています。
一つの質料からは、一つの机しか生まれない
プラトンの体系では、形相を構成する元素として、実体の側には「一」が、質料の側には「大と小」が置かれます。無限定なものを一つではなく二として立てたのは、プラトンに固有の点でした。その理由を、アリストテレスは、数がこの二から、いわば鋳型から生じるように自然にたやすく生成するからだ、と推測します。しかし、実際に生じる事態はこれとは逆だ、と言うのです。
「一つの質料からは一つの机しか生じないように見えるが、これに形相を与える者は、ただ一人でありながら、多くの机を作ることができる。」(第一巻第六章 988a)
多を生み出すのは質料の側ではなく、形相を与える側である。質料を二とし、一を形相の側に置くプラトンの配置は、この日常の事実と噛み合っていない、という指摘です。
章の結びで、アリストテレスはこう総括します。プラトンが用いた原因は二つだけである。「それが何であるか」の原因と、質料の原因。形相は他のものにとって「それが何であるか」の原因であり、一は形相にとっての原因である。さらにプラトンは、善くあることと悪くあることの原因を、この二つの元素のそれぞれに割り当てた。師への敬意を保ちながらも、四つの原因のうち二つしか使っていない、という評価ははっきりしています。次の記事では、タレスからプラトンまでの先人たちが、四つの原因のどれに触れ、どれを見落としていたのかを総ざらいする第七章を読んでいきます。