自分が知っていると思っていたことが、実は間違いだったと気づく。そのとき、人は何かを失ったように感じがちです。けれども、その気づきは、本当に学びの妨げなのでしょうか。プラトンの『メノン』には、この問いを、一人の少年の幾何学の問答に即して考える場面があります。

知らないものは、探せるのか

発端は、メノンの問いです。徳が何であるかを知らない、と言うソクラテスに、メノンは問い返します。「知らないもののうちの、どんなものを目の前に立てて探すのか。」ソクラテスは、これを争論めいた議論と呼んで、こう整理します。知っているものは、探す必要がない。知らないものも、何を探すのかさえ知らないのだから、探すことがない、と。

ソクラテスは、この議論を見事だとは思わない、と言い、聞いた話として魂についての話を語ります。ここでは、その話には立ち入りません。メノンが、学ぶのではなく想起なのだという主張を、示せるのかとたずねると、ソクラテスは、メノンの従者のなかから一人の少年を呼ばせます。少年はギリシア語を話し、メノンの家で生まれた者です。

二倍の線から、四倍の図形ができる

問答は、一辺が二足の正方形から始まります。訳文は、原文にならい、長さにも面積にも足という語を用います。一辺が二足で、もう一辺も二足なら、全体は何足か。少年は四足と答えます。では、この二倍の面積の正方形を作るなら、何足になるか。少年は八足と答えます。そこで、その図形の一辺は、もとの図形の一辺に比べて、どれほどの長さになるか。少年の答えは、こうです。「明らかに、ソクラテスよ、二倍の長さだ。」

ここでソクラテスは、メノンに注意を促します。「私がこの少年に何も教えず、すべてをたずねているだけであることを。」少年は、八足の図形がどの線から作られるかを知っていると思っています。しかし、メノンも認めるとおり、少年が知っているはずはありません。

続いて、二倍の長さの線で正方形を描いてみると、もとの図形と等しい四つの図形が入り、全体は四倍になります。少年は、四倍が二倍かと問われて、違う、と答えます。ソクラテスはまとめます。「二倍の線からは、少年よ、二倍の図形ではなく、四倍の図形ができるのだ。」

三足でも、九足になる

八足の図形の一辺は、二足より大きく、四足より小さくなければなりません。少年は、三足と答えます。しかし三足の線から作ると、三の三回分で、九足になります。二倍のものは八足でなければならなかったので、これも違います。それでは、どの線からか。数えたくないなら、示してくれ、とソクラテスは求めます。少年の返事は、こうでした。「ゼウスにかけて、ソクラテスよ、私は知らない。」

ソクラテスは、メノンに、少年がどこまで進んだかを確かめます。少年は初め、八足の図形の線がどれかを知りませんでした。それは、いまもまだ知らないのと同じです。違うのは、少年自身の思いです。「そのときには、知っていると思い、知っている者として大胆に答え、行き詰まっているとは考えなかった。」「ところがいまは、すでに行き詰まっていると考えている。」

行き詰まらせたことは、害だったのか

そこでソクラテスは、メノンにたずねます。「彼を行き詰まらせ、シビレエイのようにしびれさせたことで、私たちは何か害を与えたのだろうか。」メノンは、そうは思えない、と答えます。ソクラテスは、むしろ事柄を見いだすために役に立つことをしたようだ、と続けます。

ここは筆者の読みですが、さきにメノンがソクラテスを評した言葉が、少年について使われている点は見逃せません。メノンは、ソクラテスをシビレエイにたとえて、自分は魂も口もしびれて答えられない、と訴えていました。あのときの行き詰まりを、ソクラテスは、少年の場面で、害ではなく役に立つことの例として示しているように読めます。

少年が知っていると思ったままなら、どうだったでしょうか。ソクラテスは、知っていると思っていたそのことを、知らないのに探究したり学んだりしようとしただろうか、とたずね、メノンは、思わない、と答えます。行き詰まりは、探究を止めるものとしてではなく、知っていると思っている状態と、知ることを切望して探究する状態とのあいだに置かれた段階として語られています。そのあとソクラテスは、自分はただたずねるだけで、教えはしないと断ったうえで、四足の図形を四つ寄せた図に、自分で隅から隅へ線を引き、八足の図形が、その線、つまり対角線からできることを、少年にたずねていきます。

次の記事では、知識と正しい思わくの違いをめぐる問答を見ます。