「我思う、ゆえに我あり」。この言葉を、多くの人は1641年の『省察』の言葉として記憶しているかもしれません。しかし実は、これより6年早い1637年の『方法序説』第四部に、すでにほぼ同じ形で登場しています。
すべてを偽として退ける
暫定の道徳を定め、九年間の遍歴を終えたデカルトは、いよいよ本格的な懐疑に取りかかります。道徳に関しては、不確実だと分かっている意見にも、疑いえないもののように従うことが時に必要だと認めていましたが、真理の探究にのみ専念すると決めたからには、まったく逆のことをすべきだと考えました。少しでも疑いを差しはさむ余地があると思えるものは、すべて絶対的に偽として退け、そのうえで、自分の信念の中に、まったく疑いえない何かが残らないかどうかを見極めようとしたのです。
感覚は時に我々を欺くのだから、感覚が我々に想像させるようなものは何一つ存在しないと想定する。幾何学のもっとも単純な事柄についてさえ推論を誤る人間がいるのだから、自分も他の誰にも劣らず誤りうると判断し、以前に論証として受け入れていたあらゆる論拠を偽として退ける。そして最後に、目覚めているときに持つのと同じ考えが、眠っているときにも、そのいずれも真ではないままに訪れうることを考え合わせ、これまで精神に入ってきたあらゆる事柄を、夢の幻影と同じくらいにしか真でないものとみなすことに決めました。
疑っている私だけは、疑えない
ところが、この直後にデカルトは、あることに気づきます。すべてを偽であると考えようとしているその間も、そう考えている私自身は、必然的に何ものかでなければならない、と。
そして、この「私は考える、ゆえに私はある」という真理は、あらゆる懐疑論者のもっとも突飛な想定によってさえ揺るがしえないほど、確固として確実であることに気づき、これを、自分が探し求めていた哲学の第一原理として、ためらいなく受け入れてよいと判断した——デカルトはそう記しています。
『省察』でよく知られる「暖炉の思考実験」(暖炉のそばに座り、この手も体も夢かもしれないと疑う、あの有名な場面)は、実はここにはありません。『方法序説』版は、感覚・推論・夢という三段階の懐疑を、ずっと簡潔に語り、あっという間にコギトへとたどり着きます。徹底した懐疑の手続きを、じっくりと段階を踏んで描く『省察』とは対照的に、こちらは自伝的な語りの中の一挿話として、手早く提示されているのが特徴です。
この場面を、デカルト自身がどのような言葉で語っているのか気になった方へ。
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「明晰かつ判明」という基準
コギトを見出したデカルトは、続けて、ある命題が真で確実であるために何が必要かを検討します。「私は考える、ゆえに私はある」という命題のうちには、自分が真理を語っていることを保証してくれるものが、考えるためには存在しなければならないということを、非常に明晰に見て取ること以外には何もない——そう気づいた彼は、「我々が非常に明晰かつ判明に考える事柄はすべて真である」ということを、一般規則として採用してよいと判断します。ただし、どの事柄が判明であるかを見極めることには、ある程度の困難が残るとも付け加えています。
この「明晰かつ判明」という基準こそ、以後のデカルトの思考全体を貫く物差しになります。ここからさらに彼は、思考する自分の存在と、身体を持つ物体的な自分とを、明晰かつ判明に区別できることに気づき、精神が身体から独立した実体でありうるという、心身二元論の議論へと進んでいきます。
省察との違いに関心のある方は、ぜひ「我思う、ゆえに我あり」は、何を証明した言葉なのか の記事もあわせてお読みください。同じ言葉が、より徹底した懐疑の手続きの果てに、もう一度、しかもさらに深く掘り下げられて見出される様子が分かるはずです。次の記事では、このコギトの先で、デカルトがどのように神の存在を証明していくのかを見ていきます。
さらにデカルトはここから、思考する自分と、身体を持つ物体的な自分とを、明晰かつ判明に区別できることに気づきます。精神は「考えることだけをその本性とする実体」であり、身体は「延長を持つことだけをその本性とする実体」である。この二つを混同せずに理解できるということは、両者が実際に切り離されうる、別々の実体でありうることを意味する——これが、後に心身二元論と呼ばれることになる議論の出発点です。