既存の学問全体に見切りをつけたデカルトは、いよいよ自分の手で、学問をやり直す方法を探し始めます。その着想が生まれた場面は、意外にも哲学的な思索の場というより、ただの「暇な冬」でした。
暖房の効いた一室での思索
当時デカルトは、まだ終結していない戦争の機会に招かれて、ドイツに滞在していました。皇帝の戴冠式から軍隊に戻る途中、冬の始まりでとある地方に足止めされ、気晴らしとなる話し相手も、心を煩わせる心配事も情念もない一日を、暖房の効いた一室に一人こもって、思う存分自分の考えと向き合って過ごすことになります。
そこで彼が思いついたのが、有名な建築の比喩です。複数の異なる巧匠の手によって作られた作品には、一人の人物だけが手がけた作品ほどの完成度が、しばしば見られない。一人の建築家が着手し完成させた建物は、他の目的で建てられた古い壁を使い回しながら複数の人間が修繕した建物より、通例、美しく秩序立っている。同じように、少しずつ場当たり的に法律を積み重ねてきた民族より、一人の賢明な立法者の制度に最初から従ってきた民族のほうが、うまく統治される——デカルトはこの発想を、自分自身の知識全体に当てはめようとしました。
ただし彼は用心深く、この企ては個人の知識には当てはまっても、国家や宗教といった公共の制度を、一私人の判断で軽々に作り直すことには当てはまらない、と釘を刺すことも忘れていません。あくまでこれは、自分の意見という、自分一人にしか関わらないものの話だ、というわけです。
三つの学問の、いいとこ取り
取り壊しの後、何を頼りに再建すればよいのか。デカルトは若い頃に学んだ三つの技術——論理学、古人の幾何学的解析学、近代人の代数——を検討します。
論理学については、その三段論法やその他の教えの大部分は、すでに知っている事柄を他人に説明するためか、あるいは知らない事柄について判断もなく語るために役立つのであって、新しいことを学ぶこと自体には役立たない、とデカルトは気づきます。幾何学の解析学は、つねに図形の考察に縛られているため、想像力を大いに疲労させることなしには知性を働かせられません。代数は、一定の規則と記号にあまりに従属させられてきたため、精神を涵養する学問ではなく、精神を混乱させる不明瞭な技術になってしまっている——それぞれに、看過できない欠点がある、とデカルトは判断します。
そこで彼は、法律が多すぎるとかえって悪徳に口実を与え、国家はごく少数の法律を厳格に守らせるほうがずっとよく治まるのと同じように、論理学を構成する膨大な数の教えの代わりに、次の四つの規則だけで十分だろうと考えました。ただし、それらを一度たりとも守り損なわないという、固く不変の決意を持つことを条件として、です。
第一(明証性の規則):明証的にそれと認めるのでなければ、いかなる事柄も真として受け入れないこと。注意深く即断と先入見を避け、精神にきわめて明晰かつ判明に現れ、疑う余地がまったくないもの以外は、判断の中に含めないことです。
第二(分割の規則):検討する難問のそれぞれを、できるだけ多くの、かつ問題をよりよく解決するために必要なだけの部分に分割すること。
第三(順序の規則):自分の思考を順序立てて導くこと。もっとも単純でもっとも認識しやすいものから始め、もっとも複雑なものの認識にまで、少しずつ、階段を昇るように登っていくこと。
第四(枚挙の規則):あらゆる場合において、完全な枚挙と、全体にわたる見直しを行い、何も見落としていないと確信できるようにすること。
この四つの規則を、デカルト自身がどのような言葉で説明しているのか気になった方へ。
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幾何学者の推論の連鎖
この規則の着想源は、幾何学者たちがもっとも難解な論証に到達するために用いる、単純で容易な、長い推論の連鎖でした。人間の認識の対象となりうるすべての事柄も、同じように連なっているのではないか。真でないものを真として受け入れることを慎み、事柄を互いに導き出すために必要な順序さえ守れば、どんなに遠く隔たった事柄であっても、ついには到達できないものはなく、どんなに隠されたものであっても発見できないものはないのではないか——デカルトはそう考えます。
実際、彼はこの四つの規則をわずか二、三か月検討しただけで、以前は非常に難しいと判断していた多くの問題を解決できただけでなく、まだ知らない問題についてさえ、どのような手段でどこまで解決できるかを見定められるようになった、と語っています。数学者だけが確実な論証を持ちえたのは、彼らが比例という関係だけを扱ってきたからだと気づいたデカルトは、その比例をできるだけ単純な線として想定し、記憶にとどめやすい記号で表現するという工夫によって、幾何学的解析と代数のもっとも優れた点を取り込み、互いの欠点を補い合わせようとしました。
四つの規則だけで学問全体をやり直そうという発想は、いかにも大胆に聞こえます。しかしその裏には、幾何学という一つの学問のうちにすでに見出されていた「確実さの手続き」を、あらゆる学問一般に拡張できるはずだという、デカルトの強い確信がありました。次の記事では、この方法を実際に使い始める前に、デカルトがなぜ「とりあえずの生き方」をあらかじめ定めておいたのかを見ていきます。