本編七つの書板を読み終えたところで、少し目を移してみます。『エヌマ・エリシュ』の底本には、本編とは別に、同じ出来事を異なる形で伝える断片が、いくつか収められています。その最初が、竜退治のもう一つの物語です。本編では、竜ティアマトを討つのはマルドゥクでした。ところが、この異本では、話の運びがまるで違います。
人間が生まれたあとに、竜が現れる
キングによれば、この文書は厳密には創造の伝説ではありませんが、『エヌマ・エリシュ』の中心的な出来事を、異なる形で伝えています。何より大きな違いは時系列です。本編では、竜との戦いは世界の創造に先立つ出来事でした。ところがこの異本では、竜との戦いは、人間が創られ、町々が築かれたあとに起こるのです。断片の冒頭は、町と人びとが嘆き苦しみ、誰も助ける者がいない、という場面から始まります。
竜の正体は、やはりティアマトだった
「竜とは何者だったのか[…]? ティアマト[…]は竜だった[…]!」(別の伝承I 表 5〜6行より。[…]は欠損箇所)。断片はこう問い、こう答えます。ここで使われている名前の形は「タームトゥ」、文字どおり「海」を意味します。その大きさも、数字で語られます。長さは五十カスプ、口の幅は六キュビトというように(同8〜9行、欠損部分を除く)。カスプは徒歩二時間、約六、七マイルにあたる距離の単位です。キングは、この竜がとぐろを巻けば三百から三百五十マイルにもおよび、頭を空中六、七マイルの高さまでもたげていたのではないか、と考証しています。
月の神は、ティシュフに声をかける
竜の脅威を前に、天の神々は恐れをなし、月の神にすがりついて、その衣の裾をつかみます。「誰が行って竜を殺し、広い国を救い、王となるのか」――神々の問いに答えて、月の神は一柱の神に呼びかけます。「行け、ティシュフよ」。マルドゥクとは別の名――ティシュフという英雄に、竜退治の役目が命じられるのです。
ティシュフは、なぜ「知らない」と答えたのか
ところが、名指しされたティシュフの返答は、意外なものでした。「主よ、あなたは私を遣わした、荒れ狂う川の(生き物たち)を[…ために]、だが、私は竜の[…]を知らない!」(別の伝承I 表 23〜24行より。[…]は欠損箇所)。竜の何を知らないのか、肝心の部分は失われていますが、名指しされた英雄が竜退治を前にたじろぐ様子は伝わってきます。ここで書板表面の残りと、裏面の冒頭は失われています。
それでも竜は殺された――ただし、誰の手で
物語は裏面で再開します。何者かが、名の失われた一柱の神に語りかけます。「雲と暴風雨[と嵐]をかき立てよ! あなたの命の印章を、あなたの顔の前に[据えるのだ]、あなたはそれをつかみ、竜を[殺す]のだ。」(別の伝承I 裏 2〜4行より)。そして、命じられたとおりに嵐を呼び起こし、命の印章をつかんで、竜は殺されます。竜の血は、三年三か月と一日一夜のあいだ、流れ続けたと伝えられます。
この「神」の名は失われていますが、イェンゼンは、命令形が男性形であることから、宛先を「ベール」――すなわちマルドゥク――と復元できる可能性を指摘しています。もしそうなら、キングが言うとおり、竜を殺したのはこの異本でも、結局はマルドゥクだったことになります。名指しされたティシュフが尻込みしたあと、最後に登場するのはやはりベールなのかもしれない、というわけです。
次の記事では、同じ「別の伝承」群の第二篇――神々が家畜や野の獣を、さらには白と黒、二つの小さな生き物を創った場面を見ていきます。