カテゴリーは悟性の純粋な概念であり、空間や時間のうちで与えられる感覚とは、もともと種類が違うものである。抽象的な概念である「実体」や「原因性」が、どうやって、この目の前の具体的な現象に適用されるのか――これは決して自明なことではない。
抽象的な概念と、具体的な現象の隙間
たとえば「これは犬というカテゴリーに属する」という判断であれば、犬という概念と、目の前の動物の見た目とのあいだに、それなりの類似性を見出すことができる。しかし「実体」や「原因性」といったカテゴリーは、感覚的な特徴とは次元の異なる、純粋に悟性的な概念である。丸さや色、匂いといった感性的な特徴を、いくら並べても、そこから「これは実体である」という判断には至らない。
時間という橋
カントはこの隙間を埋める仕組みを「図式論」と呼ぶ。図式とは、カテゴリーを時間という条件のもとで具体化した、いわば橋渡し役である。たとえば「実体」というカテゴリーは、「時間の中で持続するもの」という図式を介して、はじめて現象に適用可能になる。「原因性」は、「ある状態に、規則にしたがって別の状態が続く」という時間的な図式を介して働く。「相互作用」は、「複数の実体の規定が、時間的に同時に、相互の規則にしたがって存在する」という図式を介して働く。
建築全体を支える要石
図式論は地味な議論に見えるが、『純粋理性批判』の建築全体を支える要石のような章である。カテゴリーという抽象的な規則と、私たちが実際に経験する現象とのあいだに、時間という具体的な媒介が挟まってはじめて、カテゴリーは「絵に描いた餅」ではなく、実際に物を認識するための力を持つことになる。次に見る「経験の類推」は、この図式論の土台の上に、具体的な原則として展開されていく。
量・質・関係・様相それぞれの図式
カントは、十二のカテゴリーそれぞれに対応する図式を、丹念に列挙していく。量のカテゴリーには「時間系列の産出」としての数、質のカテゴリーには「時間の充実の程度」としての強度、関係のカテゴリーには実体の持続・因果の継起・相互作用の同時存在、様相のカテゴリーには、ある時点における存在・ある時間内での存在・あらゆる時間における存在、といった具合である。抽象的に聞こえるが、要するに、どのカテゴリーも、何らかの仕方で「時間」という物差しに置き換えられてはじめて、実際の認識に使えるようになる、ということである。
想像力という、目立たない働き
この図式を作り出す働きを、カントは構想力(想像力)という能力に帰している。感性と悟性という、性質の異なる二つの能力のあいだを橋渡しする構想力は、カント自身が「人間の心の奥底に隠された技法」と呼ぶほど、説明の難しい働きである。図式論の章が『純粋理性批判』の中でも特に短く、しかも難解だと言われるのは、この、意識の奥深くで働いている構想力の仕組みを、言葉で説明しようとしていることに一因がある。