「イデア」という言葉は、哲学に詳しくない人でも、一度は耳にしたことがあるかもしれません。目の前の美しいものとは別に、「美そのもの」がある。プラトンのこの考えは、西洋哲学の歴史を通じて、もっとも有名で、もっとも議論を呼んできた学説の一つです。では、プラトンはなぜ、目に見えない別の存在を立てなければならなかったのか。プラトンのもとで学んだアリストテレスは、その成り立ちを、二つの源流から説明しています。

プラトンは、誰から何を受け継いだのか

アリストテレスによれば、プラトンの哲学は、多くの点で先の人々に従いながらも、ピュタゴラス派とは異なる独自の点をもっていました。一つ目の源流は、ヘラクレイトスの説です。プラトンは若いころ、まずクラテュロスと交わり、感覚されるものはすべて常に流転しており、それらについての知識は成り立たない、という説に親しんだ。そして後年になっても、この見解を保持していた、とアリストテレスは書きます。

二つ目は、ソクラテスです。ソクラテスは倫理的な事柄を考察し、自然全体については考察しませんでした。しかしアリストテレスは、「しかし彼は、これらの倫理的な事柄のうちに普遍的なものを探求し、定義について思考を集中させた最初の人物であった。」(987b)と書きます。勇気とは何か、正義とは何か。一つひとつの行いではなく、それらに共通する「何であるか」を言葉で捉えようとする営みです。では、この二つが出会うと、何が起こるのか。

流れ去るものに、定義は成り立つのか

一つの難問が生まれます。ソクラテスの言うように、定義は求めるべきものだ。けれども、ヘラクレイトスの言うように、感覚されるものがすべて流れ去っているのなら、何を定義すればよいのか。プラトンの答えは、定義の営みは、感覚されるものにではなく、別の種類のものに向けられなければならない、というものでした。感覚されるものはすべて絶えず変化しているので、それらについて共通の定義が成り立つはずはないからです。

アリストテレスは、「彼はこの種の存在するものを「イデア」と呼び、感覚されるものはすべてこれらのイデアとは別に、イデアに従って名指されると考えた。」(987b)と書きます。形相と同じ名をもつ多くのものは、形相への分有によって存在する。これがプラトンの考えでした。イデアは、流転する世界のなかで、定義のよりどころを確保するために考え出されたもの。アリストテレスの説明は、そう読むことができます。問いへの答えは、ここにあります。では、その「分有」とは、何を説明する言葉なのか。

「分有」は、何かを説明しているのか

ここで、アリストテレスの筆は早くも辛口になります。アリストテレスは、「「分有」という語についてであるが、これは名を変えただけのことにすぎない。」(987b)と書きます。ピュタゴラス派は、存在するものは数の模倣によって存在すると言った。プラトンは、名を変えて、分有によって存在すると言った。しかし、形相への分有や模倣がいったい何であるのかについては、両者ともに共通に探求することを怠った、というのです。

さらにプラトンは、感覚されるものと形相のほかに、その中間に数学的な対象を置きました。数学的な対象は、永遠で不動であるという点で感覚されるものと異なり、同じようなものが多く存在するという点で、それぞれただ一つしかない形相と異なる。では、その形相そのものは、何から成り立っているのか。

イデアは、何から成り立っているのか

形相は他のものの原因なので、形相を構成する元素は、存在するもの全体の元素でもある、とプラトンは考えました。質料としては「大と小」が、実体としては「一」が、形相の元素です。大と小から、一への分有によって、数が成り立つからです。

一を実体とし、数を他のものにとっての実体の原因とする点で、プラトンはピュタゴラス派と一致します。けれども、無限定なものを一つではなく二として立て、それを大と小から成るとした点は、プラトンに固有でした。また、ピュタゴラス派が事物そのものを数だと言ったのに対し、プラトンは数を感覚されるものとは別に立てた。一と数とを事物から離し、形相を導入したのは、言論における考察によるものだった、とアリストテレスは説明します。以前の人々は、弁証術に与っていなかったからです。

無限定なものを二とした理由を、アリストテレスは、最初のものを除く数が、この二から、いわば鋳型から生じるように、自然にたやすく生成するからだと見ます。しかし、実際に生じる事態はこれとは逆だ、と言うのです。質料の側から多くのものが生じ、形相はただ一度だけ生み出す、というのは理にかなっていない。アリストテレスは、「一つの質料からは一つの机しか生じないように見えるが、これに形相を与える者は、ただ一人でありながら、多くの机を作ることができる。」(988a)と書きます。雄と雌の関係についても、事情は同じだとされます。多を生み出すのは質料の側ではなく、形相を与える側である。質料を二とし、一を形相の側に置くプラトンの配置は、この日常の事実と噛み合っていない、という指摘です。

では、こうして組み立てられたプラトンの体系は、四つの原因のうち、いくつを用いていたのか。

プラトンは、四つの原因のうちいくつを用いたのか

アリストテレスの総括は、「以上述べたことから明らかなように、プラトンは、二つの原因のみを用いている。」(988a)というものです。「それが何であるか」の原因と、質料の原因。形相は、他のものにとって「それが何であるか」の原因であり、一は形相にとっての原因である。そして、その基体としての質料は、大と小という二である。さらにプラトンは、善くあることと悪くあることの原因を、この二つの元素のそれぞれに割り当てた、とされます。

「それが何であるか」にもっとも近づきながら、四つの原因のうち二つしか使っていない。プラトンへの評価は、はっきりしています。先人たちの答えは、これで一とおり出そろいました。では、それらを並べてみると、何が分かるのか。