「存在するとは何か」という、抽象度の高い議論を延々と続けてきたパルメニデス。ところが「思い込みの世界」を語り始めた断片群の中に、驚くほど具体的で、しかも今日の科学と一致する一行が紛れ込んでいます。

わずか一行の断片

断片ⅩⅣは、こう記されています。「夜に輝き、大地の周りをさまよう、借り物の光」。これは月についての描写です。「借り物の光」——月が自ら光っているのではなく、どこか別のところから光を借りている、という意味です。

続く断片ⅩⅤには、こうあります。「常に太陽の光へと目を向けながら」。この二つを合わせて読むと、月は太陽の光を反射しながら、つねに太陽の方を向いて、地球の周りを回っている天体だ、という描写が浮かび上がります。

なぜ、これが驚きなのか

月が太陽の光を反射しているというのは、今でこそ小学校でも習う常識です。しかし紀元前5世紀、望遠鏡はおろか、地動説すら一般的でなかった時代に、この事実に気づいていたというのは、驚くべき天文学的洞察です。月が満ち欠けする様子、あるいは日食のときに月が太陽と重なる様子を、注意深く観察し続けなければ、なかなかたどり着けない結論だからです。

パルメニデスがこの知見を、自分自身の観測や推論でどこまで確立したのか、それとも当時すでに一部の識者の間で議論されていた説を取り入れたのかは、断片だけでは断定できません。ただ、彼と同時代、あるいはやや後の哲学者たちの間でも、月の反射光という説は次第に共有されていったことが分かっています。

ちなみに、月の満ち欠けや反射光をめぐる考察は、パルメニデスの弟子とされるエレア派の哲学者たちだけでなく、その後の自然学者たちの間でも、長く議論の的になり続けました。地動説が確立するのは、それからさらに2000年以上後のことです。抽象的な存在論の探究者として知られるパルメニデスが、その傍らでこれほど具体的な天体観測の知見を書き残していたという事実は、彼が単なる「机上の思弁家」ではなかったことを物語っています。

断片ⅩⅤaに残る、もう一つの断片も見逃せません。「大地を水に根ざすものと言う」——これは、パルメニデスより前の哲学者タレスの「万物の根源は水であり、大地は水に浮かんでいる」という説を紹介した一節だと考えられています。パルメニデス自身の立場からは退けられるべき「思い込み」の一つですが、先行する哲学者の学説を、きちんと踏まえたうえで自説を展開しようとする姿勢がうかがえます。

「思い込みの世界」の中の、確かな観察

興味深いのは、この一行が、パルメニデス自身が「真の実在ではない」と断言した「死すべき者たちの思い込みの世界」を語る部分に含まれている、という点です。存在論的には、パルメニデスにとって天体の運動も光も、感覚がとらえる移ろいゆく現象にすぎず、断片Ⅷの言葉を借りれば「名にすぎない」ものでした。

それでもなお、彼はこの現象世界について、かなり詳しく、しかも正確な観察を書き残しています。真理としては退けながらも、思い込みの体系そのものは、いいかげんに済ませず、筋の通った説明を試みる——この姿勢が、断片ⅩⅣのような、後世からみても驚くほど鋭い一行を生んだのかもしれません。

次の記事では、この「思い込みの世界」全体が、いったいどのような原理で組み立てられているのか——そして、なぜパルメニデスはこの偽の体系に、これほど詳しく紙幅を割いたのかを見ていきます。