第二章第II節で範疇が示されるとき、最初に置かれるのが〈窮極の範疇〉、すなわち三つの観念である。「〈創造性〉〈多〉〈一〉は、同義語である〈物〉〈有〉〈存在〉という術語の意味に含まれる窮極の観念である。」この三つが、他のすべてのより特殊な範疇において前提される。

「一」と「多」は、互いを前提する

〈一〉は、整数の一ではない。第II節は言う。「〈一〉という語は、複合的な特殊観念である〈整数の一〉を意味しない。」それは、不定冠詞、定冠詞、指示詞、関係詞のいずれにも通底する一般的な観念であり、「一つの存在の単一性」を意味する。

〈多〉との関係は、こうである。「〈多〉という語は〈一〉という語を前提し、〈一〉という語は〈多〉という語を前提する。」〈多〉は、〈離接的多様性〉の観念を伝え、この観念は〈有〉という概念の本質的な一要素である。離接的多様性のうちに、多くの〈有〉が存在する。

創造性は、普遍中の普遍である

では、三つ目の〈創造性〉は、何か。第II節は定義する。「〈創造性〉は、窮極の事実を性格づける、普遍中の普遍である。それは、離接的には宇宙であるところの多が、連接的には宇宙であるところの一つの現実的機会になる、その窮極の原理である。」

言い換えると、ばらばらに与えられた多くのものが、一つの現実的機会へと統一される。この統一への移行を支えるのが、創造性である。第II節は、そのことを、「多が複合的な統一へと入り込むことは、事物の本性に属する」と述べる。

新しい存在が生まれる

そして、その統一は、ただの寄せ集めではない。「創造性は新奇性の原理である。一つの現実的機会は、それが統一する多のうちのいかなる存在とも異なる、新奇な存在である。」こうして創造性は、離接的には宇宙であるところの多の内容のうちに、新奇性を導き入れる。

この過程を、第II節は、一つの定式にまとめる。窮極の形而上学的原理とは、離接から連接への前進であり、離接のうちに与えられた諸存在とは別の、新奇な存在を創造することである。その新奇な存在は、それが見出す〈多〉の共存であると同時に、それが後に残す離接的な〈多〉のうちの一つでもある。「多は一になり、一だけ増える。」

一つの現実的機会が生じると、それまでの多は、その機会へと統一される。しかし、生じた機会そのものも、次の統一のための多の一つに加わる。だから、多は一になりながら、その一の分だけ、多は増える。この原理が、生み出されるそれぞれの新奇な状況へと適用されていくこと、これが〈創造的前進〉である。第II節は、これを、「創造性という窮極の原理を、それが生み出すそれぞれの新奇な状況へと適用すること」と述べる。

なお、翻訳HTMLの解説によれば、窮極の範疇は、特定の一箇所に限られず、本書全体を通じて繰り返し立ち返られる。創造性と神との関係は、本書の最後、第五部第二章で扱われる。次の記事からは、その章を読む。