西洋哲学の歴史は、たいてい一人の人物から語り始められます。タレスです。そして、彼の説として決まって紹介されるのが、万物の原理は水である、という一言です。机も岩も人間も、もとをたどれば水だ。そう聞くと、ずいぶん素朴な思いつきに思えるかもしれません。けれども、タレスがなぜそう考えたのかを本気で推し量ろうとした一人が、アリストテレスでした。その推理に入る前に、アリストテレスは、探し求める「原因」をまず整理します。

「原因」は、いくつの意味で語られるのか

ある事柄について、その第一の原因を知ったと考えるとき、私たちはそれを知っていると言います。そこでアリストテレスは、「原因という語は四つの意味で語られる。」(983a)と書きます。第一に、それぞれのものの実体、すなわち本質。第二に、質料、すなわち基体。第三に、運動がそこから始まる源。第四に、これと対立する原因、すなわち「そのために」ということ、つまり善です。後の時代に「四原因」と呼ばれるようになる区別です。

これらについては、自然学の書物ですでに十分に検討した、とアリストテレスは言います。それでも、自分より前に哲学した人々の説を、ここで取り上げる。彼らもまた、何らかの原理と原因について語っているのは明らかだからです。彼らの説を検討すれば、別の種類の原因が見つかるか、すでに挙げた原因への確信がいっそう深まるか、そのどちらかになるはずだ。先人たちの説を聞くことは、アリストテレス自身の枠組みを試すことでもあるのです。では、最初に哲学した人々は、何を原理と考えたのか。

最初の哲学者たちは、何を原理としたのか

アリストテレスによれば、最初に哲学した人々の多くは、質料の形をとる原理だけを、あらゆるものの原理だと考えました。あらゆるものがそこから成り、そこから最初に生じ、最後にそこへと消滅していくもの。実体は存続しつづけながら、その様態において変化するもの。それが彼らの言う元素でした。

ここでアリストテレスは、分かりやすい例を挙げています。ソクラテスが美しくなっても、音楽的になっても、私たちは、無条件な意味でソクラテスが生成したとも消滅したとも言いません。基体としてのソクラテス自身は存続しているからです。最初の哲学者たちは、ほかのあらゆるものについても、これと同じように考えました。そこから他のものが生じる一つ、あるいは複数の本性が常にあり、他のものが生成するあいだも、その本性自体は保存されている。だから彼らは、何ものも生成せず、消滅もしないと考えたのです。では、その本性とは何だったのか。

タレスは、なぜ「水」と言ったのか

答えは、論者によって異なります。そのなかで、この種の哲学の創始者とされるのがタレスです。アリストテレスは、「この種の哲学の創始者であるタレスは、それを水であると言った。だからこそ彼は、大地は水の上に浮かんでいるとも述べたのである。」(983b)と書きます。

そのうえで、タレスがこの考えに至った理由を推し量ります。あらゆるものの養分が湿っていること。熱そのものも、湿ったものから生じ、それによって生きていること。そこから、あるものがそこから生じるところのものこそが、あらゆるものの原理だと考えたのだろう。さらに、あらゆるものの種子が湿った本性をもち、水が湿ったものの本性にとっての原理であることからも、この見解を得たのだろう、というのです。

注意したいのは、これがアリストテレス自身の「おそらく」という推測として語られている点です。タレスについても、アリストテレスは、第一の原因についてこのように述べた「と伝えられている」と慎重に書いています。はるか昔に最初に神々について語った人々も、オケアノスとテテュスを万物生成の父母とし、神々の誓いを水、すなわちステュクスにかけたことから、自然について同じような見方をしていたと考える者もいる。ただし、その見解が古くからのものであったかどうかは定かではない、とも付け加えています。では、タレスの後、原理の候補はどう移っていったのか。

水のあとに、何が原理とされたのか

アナクシメネスとディオゲネスは、水よりも空気を、もっとも先立つ原理としました。メタポンティオンのヒッパソスとエフェソスのヘラクレイトスは、火を原理としました。エンペドクレスは、それまでの三つに土を加えて、四つの元素を立てます。四つの元素は常に存続し、結合と分離によるほかは生成しない、というのです。さらにクラゾメナイのアナクサゴラスは、原理は数において無限だと言いました。

答えはばらばらですが、アリストテレスの目から見ると、ここまでの人々からは、質料の形をとる原理だけが唯一の原因だと考えられたことになります。世界は「何から」できているのか。彼らは、四つの原因のうちの質料だけを探していたのです。では、材料が分かれば、ものが生まれる理由も分かるのか。

材料だけで、ものは生まれるのか

探求が進むにつれて、事柄そのものが彼らのために道を切り開き、さらなる探求を強いることになった、とアリストテレスは書きます。あらゆる生成と消滅が何かから生じるのだとしても、なぜそうなるのか、その原因は何かが問われねばならないからです。アリストテレスは、「たとえば、木材も青銅も、それぞれが自分自身を変化させる原因ではなく、木材がみずから寝台になったり、青銅がみずから彫像になったりするわけでもなく、変化には別の何かが原因として働いているのである。」(984a)と書きます。この原因を探すことは、もう一つ別の原理、すなわち運動がそこから始まる源を探すことにほかなりません。

基体は一つだと主張した初期の人々は、この点に何の困難も感じませんでした。一なるものを主張する人々のうちには、まるでこの探求に打ち負かされたかのように、一なるものは不動だと言うに至った者もいる。こうした人々の細かな扱いは、ここでは省きますが、要点は一つです。熱と冷、火と土のように複数の原理を立てる人々のほうが、運動の原因について語りやすい立場にあった。火には動かす本性があり、水や土にはその反対の本性があると考えられたからです。

材料だけでは、ものが生まれる理由は説明できない。答えははっきりしています。では、世界に善いものや美しいものがあることは、何によって説明されるのか。

秩序と美しさの原因は、何なのか

世界のうちに善くあり、美しく生成するものがあることについて、火や土のどれかがその原因だとは、おそらく考えにくい。かといって、これほど重大な事柄を、自然発生や偶然にゆだねてしまうのもよくない。そう考えられたとき、動物のうちに知性があるのと同じように、自然のうちにも、秩序と配列全体の原因となる知性がある、と語る人が現れました。アリストテレスは、その人について、「その人は、それ以前にでたらめなことを語っていた人々のなかで、ただ一人素面の者であるかのように見えたのである。」(984b)と評しています。アナクサゴラスです(クラゾメナイのヘルモティモスがより早く語ったとも伝えられる、と添えられています)。この人々は、善さの原因を原理として立てると同時に、運動がそこから始まる源としての原理をも立てたのです。

水が万物の原理だというタレスの一言は、こうして振り返ると、素朴な答えというよりも、長い探求の最初の一歩だったことが分かります。世界は何からできているのかという問いが、何がそれを動かし、何のためにそうなっているのかという問いへと広がっていった。ところが、アリストテレスは、このアナクサゴラスを、すぐに手厳しく批判することになります。せっかく知性を見つけた哲学者は、なぜ批判されたのか。